2006年01月01日

「ダイオキシン類対策特別措置法」施工から半年

「ダイオキシン類対策特別措置法」施工から半年
埼玉県所沢市からの報告4


住民運動が特措法をひき出した くぬぎ山の煙は止まった

 「ダイオキシン類対策特別措置法」が成立してちょうど一年。同法施行から半年が経過した。この間、様々な議論と批判の的となった日本版「循環型社会法」をはじめ、ゴミやリサイクル・廃棄物処理に関する関連六法案が相次いで成立した。

 これらの法整備が「ダイオキシン類による汚染の防止及びその除去」に、いかほどの効力を発揮したのだろうか。ダイオキシン汚染告発の震源地であった「くぬぎ山」からのレポート。



けいたろうの議会だより  上福岡市議会議員 鈴木啓太郎
ゴミ処理の広域化を認めるべきか合併モラルハザードの形相

 「くぬぎ山」に一般ゴミの新しい最終処分場をつくる計画がもちあがっている。これにはいささか関わりが深い。というのは、二〇〇二年から、わが上福岡市は三芳町とのゴミ焼却の合同処理をすることになっていて、くぬぎ山に計画されている最終処分場は三芳町の焼却灰を埋め立てるものだからだ。

 三芳町の担当者に問い合わせると、焼却については合同で処理した後、持ち込んだゴミの分量に応じて、つまり三芳町の分だけをここに持ち込むという。現実的にそんなことは不可能だから、当面は費用負担を案分してということらしいが、いずれにせよ、私たちのゴミの一部がくぬぎ山に持ち込まれることに変わりはない。

 くぬぎ山からわずかの距離にある私たちの地域では、集中する産廃施設からのダイオキシン汚染による被害を心配していたのだが、上福岡のゴミを持ち込むとなれば、今度は一転して加害者になりかねない。

 だが、焼却灰を遠い地方へ持ち込むよりも「自区内処理」の方が妥当であるという考えもある。三芳町、上福岡市の合同処理は、そう遠くない将来に他の市町を加えて一部事務組合による広域処理に、さらに市町村合併までが検討されているのだから事態は複雑である。くぬぎ山が「自区内処理」の原則に相当するのかどうか、大いに悩まねばならないところなのだ。

 そもそも、ゴミ処理を合同でおこなう話は、ダイオキシン規制との関連で始まったものである。

 政府がダイオキシン規制法に先立ち実施したいわゆる「ガイドライン」では、一般ゴミの焼却施設を、イ)二四時間連続運転、ロ)小規模施設から広域焼却施設への転換、ハ)平成一四年以降、焼却炉の排出を新炉で〇・一ng 、既設炉(連続)で一ng以下に規制するというものであった。

 これを受けて、わが市でも広域処理が検討されてきたのだが、他の自治体との間に話はまとまらず、とりあえず、一四年度からの規制をクリアーするために、くぬぎ山にある三芳町の炉は廃止、上福岡市の炉を二四時間の連続運転に切り替え、排ガス対策の大工事をおこなって合同処理を進めるということで決着したのである。

 この問題は、昨年九月から一二月議会にかけて議論の焦点となり、上記の結論が出されたものの、広域化対策としては先延ばしになった。共産党は「自区内処理」を掲げて合同処理に反対。保守系の会派からは金銭による補償問題が取りざたされた。

 原則からいえばここで「脱焼却」とか「燃やすな」というべきなのだろうが、それだけではどうにも説得力を持ちそうにない。そこで、私は「広域化の規模が小さすぎる」という反対論を展開した。ごみ減量の努力を重ねた上で「どうしても残る最後のゴミをやむなく燃やすことは承認する」。しかし、現状で計画されている炉はそれに見合わない。欧米の水準なみに焼却炉を減らすことがガイドラインの本旨だ、と主張した。こういう議論の仕方がよいのかどうなのか、みなさんの批判を受けたいところだ。

 この問題を考えるに三つの視点を提案しよう。



ゴミ減量への視点

 ひとつは、広域処理に先立ちゴミの減量策をいかに効果的に進めることができるかという問題。もう一つは、焼却灰に含まれる有害物質の質と埋め立ての量。そして、新たな需要増となったダイオキシン対策による焼却施設の改善もしくは新設という問題である。
 ちなみに、上福岡市の場合、現有ストーカー炉をガイドライン規制に沿うものにするには、排ガス対策として「バグフィルター」の設置などが必要になるが、これが嘘みたいに高いのである。

 当初の見積もりでは総額で四〇億円という話が流れて、議員たちを震撼させた。昨年度の政府統計資料でも、都市部のゴミ処理で排ガス対策費は一四〇〇億円を突破した。これが新たな公共事業となって、おおかたは自治体の借金として背負わせられるのだからたまらない。

 これに加えて、焼却灰の溶融固化(ガス化溶融)などの対策を盛り込んだ施設はさらに価格が跳ね上がり、しかもどうやら技術は未完成である。「何でも燃やせて溶融化すれば焼却灰は無害、極少になる」というふれこみで導入を決めているところもあるが、現段階で手を出す自治体は少ない。

 となれば、焼却灰の質を改善するのにはどうすればいいのか。現段階では塩ビやプラスチックをのぞくなど分別の徹底が最善である。

 かりに、三芳町が最終処分場を作ったとして、上福岡の炉で燃やした灰が「最終処分場の維持管理基準」(ダイオキシン規制法で定められた)に見合うものになるのかどうか、現状では大いに疑問である。排ガスが規制をクリアーしても、焼却灰の質まで改善されるわけではない。自慢する話ではないが、上福岡の焼却灰は質が悪く、埼玉県の公設処理場から突き返され、やむなく手作業で二次処理を施さねばならないのが実状なのだ。こんなものをくぬぎ山に持っていくなどというのは、許されるはずがない。

 できうるならば、高額の借金であまり役に立たない焼却炉など買いたくない。結局、そのためにもゴミの減量と分別が不可欠という話になるのだが、それが市民と自治体に押しつけられる現状もおもしろくない。どうすればいいのか。大いに悩むところなのだ。

 前向きな話もある。各地で焼却場の建設規模が軒並み縮小されているのだ。住民の反対を押し切って三〇〇トン規模の炉を作るとしていた所沢市も、二三〇トンに縮小修正した。ゴミ減量と循環型社会への転換という命題は、わずかながら、私たちの社会に影響を及ぼし始めている。



くぬぎ山住民 渋木幸子さんに聞く
インタビュアー 鈴木啓太郎
~ 住民投票がまちの未来を決めた ~
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インタビューを終えて

 梅雨の晴れ間の蒸し暑い午後にくぬぎ山を訪ねたが、雑木林をくぐり抜けるとひんやりとした風がとても心地よかった。しかし、かつての産廃施設は殆どがここに居座ったままだ。時折、プラスチックを焦げ付かせたいやなにおいが漂ってきて、問題は未解決なままであることを知らしめる。

 包囲の輪は狭まってきている。くぬぎ山に限っていえば、渋木さんの言うように、人工林の保全に関して埼玉県も前向きではあるようだ。ダイオキシン類規制法もできた。しかし、曖昧さは残されたままである。量は減ったとはいえ、産廃を満載したダンプは次々と運ばれてくる。埼玉県に流入する産廃の総量に変化はない。曖昧な法規制を実効あるものにしていく、住民の監視が欠かせない。

「ダイオキシン類対策特別措置法」施行

「ダイオキシン類対策特別措置法」施行


1 渋木幸子インタビュー
若者が立ち上がってくれたこと。それがいちばんうれしかった。


 こんにちは。久しぶりにくぬぎ山にきてみると、いろいろと思い出があります。とくに、渋木さんと出会ったことが、僕がくぬぎ山に係わる大きな転機になりました。
 
 私も鈴木さんとの出会いを鮮烈に覚えています。女の人ばっかりの集まりで、男の人が一人、大きな目で私のことをにらんでいたでしょ。あなたがきて、それからたくさんの人がくぬぎ山に来るようになりました。
 
 あれから四年、事態は劇的といえるほどに変化しましたね。
 
 息子がね、お母さんはなにもしていないっていうのですよ。みんな周りの人がやってくれただけじゃないかってね。

 忘れられないのは、ダイオキシンの検査が一体八〇万円といわれたときに、摂南大の宮田先生が一三箇所、研究費で落としますといって検査をしてくれたこと。それでダイオキシン汚染が発覚しました。

 それからマスコミの力、今では小学生だってダイオキシンという言葉を知っているでしょう。当時の県の職員も味方になってくれる人がいました。「住民の方の痛みは、私の痛みです」と言って協力してくれたのです。

 すぐに飛ばされてしまいましたけれど。

 それでも本当にうれしかったのは、草の根の力が全国に私たちのことを広めてくれたことです。特に、あの11.8、若者が立ち上がって所沢をパレードした時です。ああこれで本当にダイオキシンに勝てると思ったんです。ほら、私の名刺にね、年表があるのですが、ちゃんと11,8、そして池袋の緊急パレードのことが書いてあるでしょう。

 それで日本にはなかったダイオキシンに対する規制がはじめて生まれていった。

 これは本当に画期的なことでした。
 
 くぬぎ山に大きな変化はありますか。
 
 渡り鳥がね、くぬぎ山にたくさん帰ってきているのです。先ほどカッコウの声が聞こえたでしょう。蜘蛛の巣も戻っています。九三年から九五年にかけて失われていたものが戻ってきているのです。

 淑徳大学のTくんは8回も通ってきました。最初きたときは地獄だと思ったそうです。でも今は「こんなにきれいになるとは思わなかった」といっています。淑徳大のすぐそばにあった産廃は廃止されました。周りの人はとっても喜んでいます。

 この近くの農家の頑固親父に「渋木さん、畑で深呼吸ができるよ」と言われました。「空気がきれいになったよ」って。

 最初野焼きを発見して、たまらずに告発を始めた頃は、この地に住んで二〇年間仲良くしてきた農家の人たちに「騒ぐな」と言われてずっとつらい思いをしてきたのです。「少しぐらいの灰が降ったって、肥料になるんだよ」農家の人たちはそういっていました。ダイオキシンが発覚する前の四年間に、一四回もです、車のタイヤに釘を刺されたのです。今はもうありません。農家の人たちとのつきあいも元に戻りつつあります。

 産廃業者たちも変わりました。アーバンリサイクルは、工場長が辞めてしまって閉鎖になりました。日榮もクマクラもちゃんと挨拶するようになり改善されてきています。変わらないところもありますよ。石坂産業は、テレビカメラで市民の動きを常時監視しています。
 
 渋木さんにとってこの一〇年というのは、どういう時間だったのですか。
 
 地獄ですよ。最悪です。
 
 楽しかったんじゃないのですか?
 とんでもない。九一年に告発をはじめて、九三年に県の指導で小型焼却炉が導入されたときに、私は世も末だと思って、本気で引っ越しを考えて、家を探したのです。でも私が好きなこういう山の中は全国どこに行ってもゴミとダイオキシンにまみれているでしょう。だからどこへ逃げても同じだから、ここでがんばるしかないと思ってとどまったのです。

 私は都会を離れてわざわざこういうところに住むほどだから、人間嫌い、ちっとも社交的ではないのです。自分の世界に閉じこもって、歌と音楽を聴き、絵を眺めて優雅に暮らしていたのです。この庭でバーベキューをして、ハンモックに寝ころんで喜んでいるそういう人間だったのです。だからここに訪れる人に、これはえごの花でとか、キノコがたくさんできてとか話をすると「そんな話を聞きに来たのではない」と随分怒られました。

 それでも、今では全国から、引きも切らずに相談がやってきます。最近では、荏原の工場からの汚染が発覚した藤沢市からも、去年は松江市の宍道湖で工場の電気集塵機を洗っていたところシジミが全滅したという話があって、電話が来ました。相模原からも、杉並病と闘っている人たちとも交流しています。
 
 杉並病と言えば、くぬぎ山の焼却施設も、燃やすのをやめて、中間処理に変わっていくものがあるそうですね。
 
 そうなんです。廃プラスチックを圧縮するRDFはとっても怖いです。プラスチック類を圧縮するときに可塑剤がでてしまうのです。宮田教授によれば、可塑剤を使わないプラスチックというのは殆どないのだそうですね。
 杉並病では、中枢神経をやられて皆まっすぐ歩けないようになってしまいます。今は、これらを研究している学者のみなさんと連携しながら対策を考えているところです。
 
 くぬぎ山のこれから、ということでは、渋木さんはどんなことを考えていらっしゃいますか。
 
 私がこの地に魅せられて住み始めたのは、この雑木林がすばらしいからです。ここが人工林だということはみなさんご存じでしょう。300年以上前に、川越藩主の柳沢吉保が命じて、地割りをし、植林をして、その原型のままに残っているこの武蔵野の自然はとても大切なものです。お金がほしい農家の人は、売って出ていくことを考えているけれど、この落ち葉で堆肥を作り、有機農業を成功させているすばらしい人もいます。長男坊なんかはだめですが、お婿さんで、本気になって農業経営を考えている人はちゃんとやれています。

 煙や灰がひどかった時期には私も作るのをやめていましたけれど、私の庭でたくさんの杏が採れるのです。これでジャムを作ります。今年はたくさんできるでしょう。またこの地はキノコの宝庫です。シメジ、杏子タケ、ベニドクタケ、毒タケという名前だけれど食べられるのご存じでしょう。それからアミタケ、紫シメジ。etc。

 このすばらしい地を守っていくこと。保全のためにやれることをやっていく。そんなふうに考えています。

 この土地の300年の歴史に対して、私は「新参者」でしたけれど、縁があってそこの多福寺にお墓を買ったんです。だからいまは「新参者」と言われたら、「私、多福寺にお墓がありますので・・」というのです(笑)。
 
 それはいいですね。ずいぶん変わったということなのですね。
今日はありがとうございました。



3 インタビューを終えて
 梅雨の晴れ間の蒸し暑い午後にくぬぎ山を訪ねたが、雑木林をくぐり抜けるとひんやりとした風がとても心地よかった。しかし、かつての産廃施設は殆どがここに居座ったままだ。時折、プラスチックを焦げ付かせたいやなにおいが漂ってきて、問題は未解決なままであることを知らしめる。

 包囲の輪は狭まってきている。くぬぎ山に限っていえば、渋木さんの言うように、人工林の保全に関して埼玉県も前向きではあるようだ。ダイオキシン類規制法もできた。しかし、曖昧さは残されたままである。量は減ったとはいえ、産廃を満載したダンプは次々と運ばれてくる。埼玉県に流入する産廃の総量に変化はない。曖昧な法規制を実効あるものにしていく、住民の監視が欠かせない。


4コラム「循環型社会基本法と拡大生産者責任(EPR)」
 解散前の国会で成立した「循環型社会形成推進基本法」を中軸に、ゴミリサイクル関連法が成立したが、これに研究者から批判が集中している。

 明治学院大の熊本一規氏によれば、政府はこの法律は拡大生産者責任を実施しているとしているが、それは誤りだと指摘する。拡大生産者責任(EPR=Extended Producer resposibility)とは、OECD報告書では「消費後の段階で、生産者が廃棄物に対して負う責任を指す」ことにほかならない。そのばあい責任とは、誰が物理的に処理することではなく、「処理の費用を負担する」ことだと明記されているという。

 ところが、日本の循環型社会基本法では、廃棄物処理に必要な費用を、国、自治体、事業者と市民の「四者が公平かつ適正に」分割するとされた。これでは廃棄物の処理費を生産者に負担させ、製品価格に上乗せさせることで、価格向上をおそれる企業が、設計段階から廃棄物を出さないようにするインセンティブが働かなくなってしまう。これではEPRに逆行しているばかりか、ゴミ処理の方向を決定的に誤らせるものだ、という。

 この基本法をもとに、建築廃材を始め、ゴミやリサイクルの法規が作られたが、これが有効に機能するためには本来の意味での費用負担の「公平かつ適正」な配分、つまり生産者責任をより明確にしていくための、住民の運動が問われていくことになりそうだ。

くぬぎ山から、ダイオキシン汚染を考える

くぬぎ山から、ダイオキシン汚染を考える
埼玉県所沢市からの報告1
 
 いま世界中で、さまざまな環境汚染が進行している。ここでとりあげるダイオキシンによる環境汚染も、その一つだ。

 ベトナム戦争や農薬汚染で環境のみならず、多くの人命を奪ってきた猛毒物質ダイオキシン。ここ日本でも産業廃棄物処理施設から排出されるばい煙による被害は拡大しており、地域住民が体の不調を訴えだした。産業廃棄物の集中する埼玉県所沢市では、ついにダイオキシンを規制する全国初の条例案を市議会で可決。環境庁も法的に規制する方針を固めたと伝えられている。



ダイオキシン汚染の実態に迫ってみた

 埼玉県所沢市、三芳町、川越市、大井町、狭山市がちょうど交差する通称「くぬぎ山」と呼ばれる地域がある。

 武蔵野の面影を残したこの林の中に、産業廃棄物の処理施設が急増しはじめたのは九〇年頃からである。異変に気づいた住民が再三にわたって業者と行政に改良を求めたが、まったく聞き入れられず、逆に施設はどんどん増え続けた。やむなく住民は独自に周辺土壌を調査するが、その結果全国で類例をみない高濃度のダイオキシン汚染が明らかになったのである。

 産廃施設の急増している地域は、私の住む地域から五キロほど離れており、自分の身の安全にもかかわるものだなどとは想像していなかった。せいぜい「オオタカの森」である雑木林を産廃施設から守ろうというのが、当時の私の問題意識である。そもそも、ダイオキシンの汚染濃度のng(ナノグラム=一〇億分の一グラム)とか、pg(ピコグラム=一兆分の一グラム)という単位は容易に実感できるものではないし、「人類最強の猛毒=ダイオキシン」による「ベトナム並の汚染」などの言葉は、近くにいればなおさら生活実感にそぐわないと感じていたのである。

 だが昨年夏頃から、事態の重大さが私たちの周囲にもどんどん伝わってきた。異臭がする、ゴミの山がまた大きくなっている、黒い煙が見えた等々。林からたち上る黒煙がいったん上空に舞い上がると、大きな黒い雲のようになって風に流され、周辺の地域に落ちていく。

 黒煙を追跡した人からは、みずほ台駅の周辺に落ちたのを目撃したと伝えられた。風向次第で処理施設密集地から四キロ離れた所沢航空公園周辺に降り注ぐことが多いらしく、所沢の小学校では「児童を航空公園で遊ばせないように」と通知したという。何かただならぬ問題が進行していることを捉えないわけにはいかなくなったのである。



汚染は全県、全国に拡がっていた

 「くぬぎ山」周辺の住民から要請を受けて、調査をおこなった摂南大学の宮田教授が正式にデーターを公表したのは九五年一二月。それから半年以上たって、埼玉県が重い腰を上げて調査に乗り出し、今年、三月一三日に公式の調査結果を公表した。

 発表された数値は先の住民調査に比べてはるかに「低」レベルのものだが、それでも周辺市町村の小学校や保育園を含む土壌から一〇〇~一三〇pgという高濃度のダイオキシン汚染が検出された。そればかりか汚染がすすんでいない地点のデーター比較のために採取した浦和市の県庁敷地内で、なんと四二pgの汚染が検出されたのである。はからずも、汚染はすでに全県的なレベルに広がっていることが明らかになり、埼玉県は全県で汚染調査を実施せざるを得なくなった。

 つけ加えれば、昨年全国レベルで実施された一八〇〇カ所のゴミ処理施設(一般廃棄物=家庭からの生活ゴミ)の排煙に含まれるダイオキシン調査で、厚生省が定めた「暫定基準」の一立方メートル中八〇ngを越えた施設が三月以降相次いで公表された。埼玉県でワーストワンの朝霞市の施設のひとつは二七〇ngを越えていることが明らかになり、この施設は七月までに廃止することが決まった。ただこのデーター開示をみて驚くべきなのは、ゴミ処理場の排出規制値をヨーロッパ並に〇・一ngに合わせるとすると、現存の焼却施設の大部分が廃棄される以外ないことだ。厚生省の「暫定基準」、つまり努力目標みたいなものが、ヨーロッパでの規制値と八〇〇倍も違うのである。なんだか頭がくらくらしそうな格差があるではないか。

 ダイオキシンについての説明は片山さんの論文を読んでいただくとして、押さえておきたいのは、日本は随一のダイオキシン汚染国だということである。日本人の母乳に含まれているダイオキシン濃度も、主に近郊の魚類など食物から摂取されるダイオキシン量も国際比較では軒並みトップクラスである。枯れ葉剤などで大打撃を受け、「奇形児出産」などが今でも続いているベトナムの汚染値を、すでに日本は越えたという報告もあるほどなのだ。

 ダイオキシンによる被害が国内で発生したのは「カネミ油症」(一九六八年)事件が有名だが、この場合もPCBのみが原因物質とされており、被害者の体内からダイオキシン類が検出され原因物質の疑いがもたれたのは事件発生から二〇年近くたってからである。この他に因果関係が立証された事件はなく、厚生省は「清掃工場からのダイオキシンは人体に影響しない」(一九八七年)という態度を原則的には今もって変えていない。ダイオキシンの研究者にとっても、七五種類もあるダイオキシン類の具体的な人体への影響の度合いは、十分に分かっているわけではないようだ。

 それでも欧米諸国でダイオキシンにたいするきめ細かな規制が加えられているのに比べ、これより八〇〇倍も甘い日本の厚生官僚を信用する人はいないだろう。もしかしたら、私たちはすさまじい被害の現出する直前にいるのかも知れないし、胎盤通過性があり、人間の体内に蓄積しつづけるダイオキシンは、次世代にこそもっとも大きな影響を与えるかも知れない。

 さて、では仮にそうだとして、ゴミ焼却炉の大部分を止めなければならなくなるような政策転換を私たちはなしうるのだろうか、ということを考えてみよう。

 埼玉県だけでも自治体のゴミ焼却場は六六カ所、産廃処理場は一七九、このほか病院や学校、工場などの焼却施設は数え切れないほどある。一般ゴミだけで年間二二〇万トンが焼却される。このゴミをどうするのかという問題抜きに、事態は語れないというのも正論だが、一方で、リサイクルやゴミ減量などの個人レベルの問題ではないことも確認しておくべきだろう。

 「ゴミが増え続けている現状で、炉を止めたら、街にゴミがあふれる。現在の処理方式を変えることなどできっこない」「産廃業者は委託業者にすぎず、コスト削減を企業に迫られればコストのかかる処理はやりきれない」というのは、ゴミ行政を担当している側の一致した見解だ。

 加えていえば、日本の産業構造は、海外からの資源の大量輸入と、国内での大量廃棄が可能であることによって成立する。大量廃棄を可能ならしめているゴミの焼却と埋め立て、そこから派生するダイオキシン問題を解決するためには、産業構造の変革は不可欠だ。

 ダイオキシン汚染は、現状では、将来健康被害をもたらすかも知れないといった蓋然的な予測、次世代への悪影響がもっとも懸念されるという世代間倫理の問題をはらむ。そうしたダイオキシン規制の必要性から、はたして私たちは日本の産業構造を改革するような「解決」へ向かいうるのかが今問われているのだ。
 この問題を考えていくために、もう一度、くぬぎ山に視点を移していこう。



まるで死の森だ

 産廃施設は、くぬぎ山周辺、十×五キロ程度の範囲に、現在三六業者が四八の炉を稼働して密集している。

 所沢インターの周辺が密集地の東側のはずれにあたるが、このあたりは道路に面しているので施設を見た人も多いだろう。ところがくぬぎ山周辺となると、深い森におおわれてほとんど目につかない場所なのだ。

 じつはこの地は、武蔵野に残された最後の雑木林で、都市近郊地としては秘境といえるほどに自然環境の残された森である。産廃施設が乱立する以前の雑木林の姿を知る周辺の住民にとって、現状は耐え難いほどの破壊に映る。実際そういう場所に限ってゴミ処理場がつくられていくというのも、全国に共通する問題であるのだが。

 くぬぎ山周辺の森に入っていくと、雑木林を代表する赤松が立ち枯れて無惨にも地肌をさらしているのがわかる。かつては、むせかえるような苔におおわれていた雑木林の中は、降り注ぐ焼却灰で白く濁っている。たくさんいたはずの小動物や野鳥の姿は、いまではすっかりみられなくなってしまった。わずかにヒヨドリの鳴き声がひびき、目に付くのはカラスばかりだ。

 煙を吐いている炉の回りでは、樹木が施設の回りを囲むように立ち枯れている。枯れて根元から折れてしまった倒木が林の中に広範囲に散乱している。立ち枯れの原因は、排煙中の塩化水素が主因らしいが、それこそ未処理の物質が放出されている証明にほかならない。処理施設で燃やされているのは、首都圏の建築廃材が大部分だ。建築材は新建材や塩化ビニールなどを多用するが、それらは渾然と積み上げられ、次々と炉に投げ込まれる。また、施設の周辺では野焼きが炎をあげる。すでに焼かれた後の真っ黒でどろどろした灰もショベルカーがこねくり回している。

 「ゴミを燃やすということは、様々な分解反応、合成反応が同時にすすみ、何百、何千もの物質をつくり出すことなんです。ダイオキシン以外にどんな毒性物があるかわからない。それらを全部調べるのは不可能です」と、摂南大学教授の宮田教授はいう。ダイオキシンの問題というのは、焼却の過程で生成するダイオキシン類を含め、重金属や化学物質を大量に混入する現在のゴミ焼却の危険性を象徴しているのだと捉えると、恐ろしく納得のいく話になる。

 私たちが見ている間にも炉は周期的に緑色の混じった黒煙を吹き上げ、異様な刺激臭をまき散らす。カメラを向けていると、管理者らしい人物が飛んできて「写真を撮るな!」と私たちを威嚇した。トラックの出入り用に開けられていた炉の見える位置にあったシャッターがただちに降ろされた。そこには「ゴミを減らして、リサイクル社会を」と書かれていた。
 シャッターの前でこちらを見ていたのはアラブ系の男性。ここで働いている人の大半は外国人で、多くが住み込みだという。健康被害も相当に深刻だろう。

 このようにして操業されている産廃施設が昼夜わかたず稼働しつづけ、主に東京都などから流入する年間二四〇万トン(全国平均でダントツ一位!)あまりの産業廃棄物の大部分を焼却処理しているのだ。すでに広範囲に汚染がひろがっている可能性が大きい。オオタカが脳挫傷で死んだという新聞記事もあった。水俣ではまず猫がいなくなり、ついでカラスが落ちて、次に人が発病した。事態を放置すれば、早晩、影響は周辺住民の深刻な健康被害となって現れるのは避けられないという感じがする。近隣に住む私たちも無縁だとは言い切れない。そして、それはそのまま「第二の水俣」への道かも知れないのだ。

 埼玉県の公式の調査で、一〇〇~一三〇pg/g(ピコグラム=一兆分の一グラム)のダイオキシンが小学校や保育園から検出されていることはすでに述べたが、一〇〇pg/gはドイツの基準では小児の土壌接触を防止し、土壌の入れ替えをおこなわなければならない汚染水準である。そこで遊んでいる子どもたちの健康に万が一にも弊害が表れたら、いったいだれが責任をとるのか。もっとも、先の住民調査で、施設密集地の「くぬぎ山」の雑木林の土壌は、この五倍~七倍の汚染濃度を示しているのだから、事態の深刻さは尋常ではない。



ダイオキシンを止められるか

 「止めようダイオキシン埼玉ネットワーク」(依田彦三郎代表)は三月一三日、くぬぎ山周辺の自治体で、産廃施設が乱立してきた時期と同じくして新生児(生後四週間未満)の死亡率が、県平均を一・四倍から一・七倍上回っているという調査結果を明らかにした。合わせて「ダイオキシンの影響を疑わざるを得ない」という専門家の声も紹介された。

 ダイオキシン影響調査は、全国で様々に実施されている。

 茨城県新利根村では、一九七一年に操業を開始した焼却施設の周囲一キロ以内と圏外の癌による死亡率の比較がおこなわれたが、操業から二〇年を経過して以降、一キロ圏内では癌で死亡するのが五〇%に上ったのに対し、圏外では一八%という数値の違いが表れた(『AERA』九六年四月二二日号)。癌死亡率の全国平均は二八%だから、五〇%がいかに高い数値かは分かるだろう。日の出町の第一処分場周辺、杉並区の焼却施設周辺でも同様の調査は実施され、施設との距離と年間の風向きに比例して、癌死亡率や新生児死亡が多いという同じような結果が表れているのである。

 これらを取り上げて確認したいのは、ダイオキシン被害の恐ろしさ一般ではない。焼却施設がもたらすかも知れない健康被害を察知し、国際的なレベルでの情報を取り入れ、住民自らが自らの生活の質を自衛しようとしていることだ。そういう意味での実質的な対話が積み重ねられ、そのうえで人々は環境政策にコミットしている。くぬぎ山周辺の住民の間ではこうしてダイオキシン問題に関与しようとする動きは急速に拡がり、厚生省や、県の動きを規定しつつある。

 くぬぎ山に隣接する三芳町では、三月一三日に「埼玉ネットワーク」委員長の依田彦三郎さんの講演会が開かれ、依田さんは新生児死亡の実態報告を交えて、産廃施設の規制、撤廃の必要を訴えた。

 講演会は三芳町では異例ともいえる三桁を越える参加者があふれ、また町長以下、議員や町の幹部も多数参加して熱気に満ちた集会になった。集会では依田さんの説得力ある提起に皆納得した様子だったが、その後、町当局は何の対策も講じることなく、住民から出されたダイオキシン規制を求める請願すら却下した。石坂産業など産廃の有力な資本が影響力をふるうこの町では、未だその意向を尊重する以外なかったのだろう。

 だが、これとは対極的に、所沢では市議会がダイオキシンにたいする規制条例を全国に先駆けて決議し、合わせて学校での焼却施設の使用中止をも決定するということもおこなわれている。自治体が住民の健康を考慮して独自の規制をおこなうのはまったくノーマルなことだと思うが、国の規制基準がないままで自治体が独自に規制を打ち出すのは極めて異例という。

 こうした事例をみると、産業構造に規定された行政的な「ゴミ処理」システムに、旧来の被害報償や地域エゴとは異質な、自らの健康と次世代の安全という別のパラダイムから人々が抵抗を試みている構造が浮かび上がる。植民地化された生活世界から、連帯という社会的統合の力が、「貨幣と行政権力」といったメディアとの接点でせめぎ合い、自らの要求を貫徹しようとするのだというハーバーマスの言葉が妙にぴったりくるようだ。
 富の分配といった功利主義的な土俵では、国家的な基準が明確でないダイオキシンに規制を加えるために経済合理性を台無しにする企ては、とうてい勝ち目のない議論だろう。

 しかし、人々の間に急速に拡がっている公害や健康不安に対する対処を優先しなければならない事情の方が、いまやゴミ処理の既定的なあり方を墨守しようとする勢力を次第に上回っていくようにみえる。同じ問題は、動燃の度重なる事故と、事故隠しのスキャンダルによって原子力政策にも生じている。この延長に、産業構造の転換をもかちとる契機があるのではないかとさえ私には思えるのだが、それは楽観的すぎるだろうか。 

ゴミの資源化の促進と、ゴミ排出の抑制を求める要望書

ゴミの資源化の促進と、ゴミの排出の抑制を求める要望書


上福岡市ゴミ減量化懇談会御中
上福岡市環境課御中

ゴミの資源化の促進と、ゴミ排出の抑制を求める要望書

 私たち「ゴミを考える市民の会」は、昨年六月の「容器包装に係わる分別収集及び再商品化の促進等に関する法律(容器包装リサイクル法)」の成立を受け、上福岡市でのゴミの分別収集、資源化を促進するという法制の確実な実行を求めます。

 これまで、私たちはそれぞれの団体、もしくは個人でゴミの減量や資源化に取り組んできましたが、この「容器包装リサイクル法」の実施にあたっては、各自治体の施策による影響が大きいということを知りました。そこで、消費者団体、個人が協力しあって、はばひろく市民の意見をあつめ、ゴミ行政に取り上げていただくことを目的に協議をつづけてきました。

 三月の定例市議会で、この法制の実現に関連して、新しい分別収集の方法などが論議されましたが、そこで「ゴミ減量化懇談会」に諮問をおこなう意向が明らかにされました。それを受けて私たちは意見をまとめ、ここに要望書として提出いたします。

 慎重にご審議のうえ、早期の実施をお願いいたします。
  
趣    旨
 ここに述べるゴミの資源化、抑制のための施策は、ゴミ問題解決のために緊急かつ、不可欠なものです。地球の資源が有限であることを考えると、来るべき21世紀がリサイクル社会でなければならないことついて、議論の余地はないでしょう。

 ゴミを減量化するためには、排出されたゴミを可能な限り資源化して再利用すること、またゴミにしてしまわないように再使用可能な製品化を図ることが必要です。

 しかし、市民生活に少なからぬ影響を与えるこの提案の施策を現実に実行するには、相当の困難が予測されます。そこで、あくまでも市の責任でリサイクルをおこなうという基本理念に基づき、市民との入念な懇談を大切にしたうえで、以下の具体的な施策を実施していただきたいと思います。 
 
「資源」として分別収集をおこなう品目
  「容器包装リサイクル法案」にいう10品目に布類を加えた11品目を「資源物」として扱 い、この11品目全部の分別収集、再商品化の完全実施を求めます。(11品目とは・・・ ビン3種類、・・缶2種類、・布、・PETボトル、・飲料用紙パック、・段ボール、・ その他の紙、及び・プラスチックである)なお、PETボトル以外のプラスチックについ ては、再生技術の進展をみすえて、早急に実施するようにしていただきたい。
 
「資源」の分別収集の方法

「資源の日」を各週一回程度もうける。
「資源」以外の不燃物収集は、月2回とする。
地域の格差、道路幅、収集場所の確保など地域の
実情にあわせた収集をおこなう。

 

分別収集の周知、徹底化をおこなう
広報、ならびに職員による街頭での啓蒙活動など、総合的な対策をたて実施する。
 

ゴミ袋について
危険防止と分別収集徹底化のため、ゴミ袋の透明、半透明化を推進する。
 

リサイクルセンターの建設
  リサイクルセンターはゴミの資源化、減量には不可欠。十分な施設と用地を確保し、早 期に建設してほしい。
 

ゴミ抑制のための行政指導の徹底
過剰包装の抑制
 小売店を含めて、プラスチック・トレイなどを利用した過剰包装については使用(品 目)基準を設けるなどの指導をおこなっていただきたい。

事業所、学校での紙ゴミリサイクルが十分でない現状がある。この点の徹底指導をお 願いしたい。

学校教育で新しいゴミの分別とリサイクルについての学習ができるように指導をおこ なっていただきたい。

すでに一部の大型店などで実施されている飲料用紙パック、トレイの回収指導を全大 型店、ならびにコンビニエンスストア等に対しても市の責任でおこなっていただきたい。


 
継続討議の場を設ける
 以上の施策の実施後において、市民と行政の間で分別収集についての継続的な討議がで きる場を保証していただきたい。
 

以上の要望書の内容につき、緊急な案件であることに鑑みて、7月25日までに回答を寄せられるようお願いいたします。
 

ゴミを考える市民の会
鈴木啓太郎 上福岡市上福岡2-7-7-103 66-7908


 賛同団体名

上福岡市くらしの会
上福岡さいたまコープ委員会
かみふくおか作業所
上福岡障害者自立生活センター21
コスモス会
生活クラブ生協大井、上福岡支部上福岡地区
生態系保護協会上福岡支部
新日本婦人の会上福岡支部
はこべの会
ふるさとの自然環境を考える会
リパック上福岡
  以上6/24現在
 


みなさまへのお願い

 以上を要望書(案)としてお届けします。
 この要望書に賛同団体として名を連ねていただけると幸いです。
 ご検討のうえ、お手数ですが、6/23(日)までにご連絡をお願いいたします。
 
 また、この要望書は6/25日環境課に提出する予定です。ただし、25日は議会最終日ですので予定変更の可能性があります。ご都合よろしい方はぜひ同行をお願いしますのでご連絡ください。
 その後の回答および、懇談会での審議にの経過を見て、意見の調整や検討する必要が生じたときは、会合をもてるようご連絡いたしますのでよろしくお願いいたします。


連絡先
鈴木啓太郎 66-7908
横田 充代 66-5969