2006年01月01日

新潟日報 新聞記事

新潟県の被災地で
ボランティア活動を行いました。

※皆さんのご支援、ご協力ありがとうございました。


11/21 新潟日報(朝刊記事) 
    ~掲載の新聞記事~ 
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もらったお手紙  1    


11/8 新潟日報(インターネット版) 
    ~掲載の新聞記事~ 


小千谷で好評の炊き出し終了


 小千谷市城内4の住宅街で7日夜、中越地震の発生以降、地元の人に温かい食事を無料で提供し続けた??食堂?≠ェ閉店した。全国から集まったボランティアによる炊き出しで、住民からは「メニューが多彩だった」と大好評。同日は地元住民が感謝を込めた送別会を開き、「来年の片貝の花火で会おう」と復興と再会を誓った。
 炊き出しは、埼玉県上福岡市議の鈴木啓太郎さん(47)が呼び掛けた。鈴木さんは先月28日に小千谷入り。住宅への被害が少なかった同地区住民が交代で食事を作っていることを知り、「復興活動に集中してほしい」と炊き出しの交代を申し出た。以来、環境保護を訴えるNGOの学生など、延べ100人以上が参加。住宅の車庫を利用した調理場で、「大根とイカの煮物」「あさり汁」など、栄養バランスを考えた食事を1日3食提供した。

[新潟日報 11月08日(月)]
( 2004-11-08-11:14 )

新潟県中越地震 被災地レポート


けいたろうは
上福岡災害救援ボランティアとして
新潟県中越地震被災地で
活動を行いました。

~11日間の活動レポート~



11/9 新潟日報 新聞記事に掲載  
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11/8 レポート 11 
 餃子戦争・・・。最後は餃子だ。1000個分の皮を買い、材料をきざみ皮で包む。ミウラ、リンタロら5人が焼き、ナル、モリが運んでアベが盛る。人々は並び、出来るそばから持っていく。
総勢19人で必死になって作り、最後の一枚がなくなったのは午後6時。一時間で200食完売。これで任務は完了した。
 辺りから近所の人たちが集まり始め、新潟銘酒の数々が狭しと並ぶ。みんな礼をいい、乾杯で私たちを労ってくれた。日本酒の香りとともに和やかなひとときが小千谷を包んだ。
 このメールを読んで御協力いただいた皆さん。11日間ありがとうございました。感謝申し上げます。8日 8時30分小千谷を出発、上福岡へ。

11/7 レポート 10
 地域の人たちとも話合って、私たちの炊き出しは本日で終了することにした。「小千谷の復興を心から願いつつ活動を終了します」と書いた看板を出す。小4の女の子から届いた手紙には、「暖かい料理が本当に嬉しかった」とある。
 通りを行く自転車から「ありがとう」と声がかかる。冥利に尽きる。
もちろん本格的な復興はこれからだ。
患者さんが全員避難した小千谷病院が明日からの再開というので9人が応援に行く。
水道局の手伝いもつづく。
 見上げると山がすっかり色づいている。10日あまりで景色が変わった。なごりおしいが明日は私もここを去る。今夜は町の人たちと別れの会がある。

11/6 レポート 9 
 K1のボブサップに、演歌、天皇の来訪と、小千谷の周辺は賑やかだ。刻々とニーズが変わり、支援の有り様も変わる。わが屋台に関西タコ焼き隊のいい匂いが漂うと、まわりから親子連れ、こどもたちがくる。電気のブレーカーが飛んでしまい、電気屋さんを呼んだりと人騒がせだが、ともかくウケている。みな長い列で辛抱強く待ってくれる。「頑張れ小千谷」と書いた幕も出された。
 ふと、裏手を見るとゴミの集積場で近所の人が何やら作業をしている。私たちのゴミもある。迂濶にも分別方を間違えていたらしい。私たちには何もいわずに、再分別の作業は続いていた。私たちも町の人に支えられていたのである。

11/5 レポート 8 
 今日の、朝食は50食ほどで盛期の半分に減った。
しかし、昼、夜はまだ120食以上が出る。
 余震の続く中、水道復旧、スーパー再開もあって日毎に生活の再建が進んだのだろう。通りを行き交う人も車も増えた。ここで見るかぎり人々の顔に疲労の色が消え、笑いさえ見掛ける。
高校生は登校を始め、小・中学校も8日に再開する。
 街の中心部で炊き出しを続けて来た私たちの役割も終わりのときが近づいているようだ。
 昨日の昼時、小さな女の子が絵を届けに来た。
いつもおいしいりょうりをありがとうと書かれていた。
慌ただしく名前も年も聞かなかったが、私たちの大切な宝になった。

11/4 レポート 7 
 再び震度5弱の余震。バイクが暴走したと思ったが、うねっていたのは道路だった。トンネル点検で30分足止めだ。弱い壁が崩れパラパラと落ちてくる。人々は外に出る。いき場のない憤りが辺りに満ちる。
 川口町でボランティアセンターを仕切るのは役場の企画課。
唾吐くな、殻捨てるな、ゴミ持ち帰れとのたまう。余計なお世話だ。
 同じく小千谷。登録受付に1時間も待たされる。
せめて今日一日働こうと願う人の怒号と吐息。
行政の下請だけがボランティアではないのにね。
 一方、こちらには水道局から直依頼、マキとアカが一日給水車に乗る。トモ遠方より来たりて、態勢は整う。感謝。

11/3 レポート 6
 震度7の川口町へ行く。壊れた家屋は小千谷より多い。
30日開設のボランティアセンターに沢山の人々、そしてテント村。
今日から給仕が開始。整理された調理場が羨ましい。
 バイク隊が到着。「物資運搬ですか?」と聞くとセンターのニュース配布だった。物資、炊きだし、避難所、風呂は自衛隊が仕切る。
介護と子遊びがボランティアの仕事。それでもいい。
地域を回れば浸透もする。行政の後手に仕事は残る。
 一方小千谷では。私の居る城内水道が復旧。「これからは自活できます」と礼をいう主婦。仲間の帰る挨拶を聞いて、「まだやめないよね!」と飛び込んでくる人。まだ帰れそうにない

11/2 レポート 5
 クリ、ナラゾウ、サイ、コウジに私の5人のみ5時に集合。
汁、お新香をコウジが挑戦。7時前から被災者が来る。
 またすぐに昼食準備にとりかかる。サイとコウジがポテトサラダ。ナラゾウがサツマ汁。サラダが無くなりポテトを追加した。
 60分休憩の後、すぐまた夕食準備に。給水が来てクリはひたすら洗う洗う。買物に走る。私の担当した肉じゃがが味付けに失敗。しかし、やり直す時間がない。でも、おいしくない。
コウジが関西系のノリで給仕してウケまくり、まずい肉じゃがも旨くなる。
最後は8時、女性が一人うつむいたまま。背中に「がんばって」と声をかける。
 1日15時間、みんな猛烈に働いた。テントへ帰り泥のように眠る。激しい雨が降る。

11/1 レポート 4
 今日も震度4の余震。暗い路地に皆起きてくる。
まだ落ち着くどころではない。
 テントに品物を集めに来た主婦は「ウチは仮設にいくんです」と下を向いて話した。各地から届くレトルトご飯、ガスカートリッジ、歯ブラシ等飛ぶように無くなった。
 屋台にも沢山の人が来る。最初50食がいま軽く100を越え、いつも追加を慌てて作る。飛び込んで来たガススタンド店の主婦は「ウチは飛び回っていてろくなもの食べてない、私たちにも分けて!」と訴える。最後は涙声だ。「何人?」と聞くと17人。いいですよ。オレ達はそのために来たのだからね。断れるワケがない。

10/31 レポート 3 
 電気が回復しても真っ暗だった街に、少しずつだが明かりが燈る。人々が家に帰り始めている。余震の心配が薄らいだのか、家の片付けに取り掛かっているようだ。それでも人が住めるのは一階の雪対策で太い鉄骨で組まれているガレージのみ。
 屋台前のおばあさんは夜は近所のテントで寝て朝、家に帰る。
朝、屋台に初めてやって来た主婦は、タカの作ったスクランブルエッグを見て「あれ以来タマゴを食べてないの!」と叫んだ。やはりガレージにシートを張って9人で暮らしているという。
 雨対策でマコトが屋台の補強をしてくれたので多少の雨も快適だ。

10/30  レポート 2
 長谷川市議の案内で、彼女が主宰する痴呆高齢者のグループホームほのぼの園を訪ねました。ホームは山間にあって、入所者は別のホームに避難しています。中に入ると被災前に配膳された食事がそのままで、床が盛り上がり家全体が歪んでおり現状では使えない様です。
 道は寸断されており、電気も無く物資も炊き出しも充分ではありません。それではと名乗り出ても、ボランティアは受けたくないらしく、自分達でやる。と親父達。
 食事作りの奥さん達は手助けが欲しいのに、と長谷川さん。
29日、朝:味噌汁  昼:韮玉汁、ハムサラダ  夜:水餃子、フルーツポンチ。私たちの屋台提供食は概ね好評です。

10/29  レポート 1
 小千谷市城内、長谷川市議の庭先で炊き出しサービスです。
魚沼病院そばに拠点を構えました。豚汁サービスを開始し、とりあえず鍋二杯分の供給をぶじおえたところです。被災者は余震が恐くて何も出来ないと言い、震災以来風呂も着替えもない人がほとんどです。家の外見より中がめちゃくちゃです。食材等はわりと抱負。
 高速は被災地まで無料、正規の許可証もすぐ出たため感動。
日用品は人気です。毛布、座布団、卓上ガス、ラップなど。

10/28  新潟県中越へ
 25日の臨時議会が終わりました。しばらく新潟にいきます。被災者が多すぎます。
 6:30分、小千谷ボランティアセンターへ到着。道路は所々陥没しているが、なんとかつながっています。倒壊家屋の様子を見ると結構大変そう。
 避難所は市内で100箇所を越えています。こちらでキャンプ地を探すところです。候補は多数、物資は抱負だが態勢が調わない感じです。のんびりやります。
 活動はすべて自費で行っているため、義援金にご協力いただける方はスペースブランチまで連絡いただけるとありがたいです。被災者の無事を祈るとともに、みなさんの応援をお願いします。ぜひご協力お願いします。