2006年09月23日
議会流会! 市議会最終日に何が起きたのか
「もう私は切れた。今度という今度は切れた。」午後17時40分。休憩となった議場を出た自民クラブ、田中代表は憤りをぶちまけた。すぐに議長室へ、会派代表が集まる。少し遅れて共産党代表の塚越氏もやってきた。「あの発言は私は許さない。誠意ある対応をしない限り、審議再開には応じない!」部屋から漏れた声で聞き取れたのは、このセリフだった。
問題となった岩崎氏の発言は次の部分である。
「それでは、議第22号議案「障害者自立支援制度の充実を求める意見書について」日本共産党を代表いたしまして賛成討論を行います。最初にこの提案については、日本共産党が提案を行いましたが、この趣旨について各議員が努力をされ、一致して今回の提案となりました。えー、それでは・・・」
この日、共産党は4本の意見書案を提出していたが、代表者間で協議を進め「障害者自立支援制度の充実を求める意見書(案)」については、趣旨を活かして、議決に持ち込むことで話がまとまった。(その他の3本は、賛成少数で否決)。
このため、提出者であった山口議員は議案の撤回に同意し、撤回の議会承認は全会一致で行われた。そして今度は案文の修正を行い4会派の代表が署名し、議場では田中代表が提案理由説明を行い、案文を朗読した。「最初に日本共産党が提案」という岩崎氏の発言は事実ではあるが、礼節を欠いていたのは否定できない。
このほかにも、岩崎議員がプール事故の直後テレビ取材で、「職員は(安全管理をせず)お金を集めていただけ」といった発言をし、代表者会議で撤回を迫られ、議会初日に各会派を回って「迷惑をかけた」と謝罪していた。一般質問で山口議員は「業者に弱みでも握られているんですか」と発言して、撤回を余儀なくされた。そのたびに代表者間の調整が続いた。
もうひとつの要因として、100条委員会をめぐる問題は無視できない。代表者会議では「100条は時期尚早」という見方で共産党の塚越代表も一致しており、そのため議会冒頭で全会派による「特別決議」を行ったと私などは説明を受けていた。ところが、議会最終日になって「100条」を共産党が動議で提案すると通告があり、これも自民クラブをいらだたせていた。
この間、共産党という組織にしては珍しく内部の違いが透けて見えた。旧上福岡の議員は、先の岩崎氏を除いて全員が「プール事故」を一般質問に取り上げ、内容的にも市長の責任追及というトーンが強いものだった。山川、山口氏は一般質問で「市長・助役を尋問する」ため100条は必要と力説したが、旧大井の共産党議員で「プール事故」を質問項目に入れたのは6人の議員中、新井、塚越両氏のみで、質問も「契約や安全管理のあり方」といった点に限られ、市長追及型との温度差は明らかだった。
議会は執行部への質問の権限があり、市長などを追及するならわざわざ100条を適応する必要はない。パフォーマンスは見え透いていて、説得力を欠いていた。それでも私たちは、流会を前に議論を続け、青山議員などは「100条」について流会で封殺せず、議決で決着をつけることを主張したが、岩崎発言に怒り心頭の代表者たちは頑として受け付けない。
12時近くなって、共産党から話し合いの申し入れがあり、再び代表者と正副議長が会談したが、どのような話し合いだったのか、詳細は明らかではない。時間だけが経過し、会期日程である21日の24時を回って、議会は自然流会となった。自立支援法の決議も廃案となったのは残念だ。こんな流会は私が議員になって初めての経験である。他の議員からは、共産党の失言を捉えて「100条動議」を制した田中代表の機転に賞賛の声も聞かれた。
今後は29日の事故調査委員会報告と、10月の臨時会開催に焦点は移る。いずれにせよ議会という公の場で、論戦に決着はつけねばならない。
