2006年01月01日

空路知床のオショロコマを求めて

空路知床のオショロコマを求めて

鈴木 啓太郎


 私たちはアプローチに空路を選んだ。

 少ない休暇の時間に旅行を満喫するには、アプローチの時間を短縮するしかないというのが一番の理由だ。そのかわり、荷物は制約されるので、キャンプで過ごすというわけにはいかない。レンタカーを使い民宿やホテルを転々とするということになり、多少割高になったのが(四泊五日で十二万円を要した)デメリットである。

 それにしても羽田からわずか百分で釧路に到着する魅力は大きい。飛行機が飛び立って、ひと眠りしもしないうちに、あっという間に着陸の体制に入ってしまう。

 八〇〇〇メートル上空の小さな窓から見える青空が、分厚い雲に変わり、眼下に広大な原野が広がるのが良くわかった。そのどこまでもつづくような原野のなかに小さいけれどきれいな釧路空港がある。羽田の喧噪から比べれば、まるでタイムスリップのような着陸だった。

 今回の旅の目的はもちろんワークショップに参加するためだが、それ以外は自由時間だ。そこで、まず釧路川をカヌーで下ること、羅臼岳に登ること、そして何よりも知床半島のオショロコマを釣り上げることを私たちはテーマにした。

 カヌーによる川下りは、自前のものを使ったのではなく、ガイドつきのまるで遊覧船の旅のようだったので、「一応釧路川を下ってみた」という以上の感動は得られなかった。釧路川など北海道の河川はゆったりと蛇行しながら流れるヨーロッパ型のチョークストリームが多く、危険個所が少なく、初心者がカヌーで下るにはうってつけともいえる。私たちが出発点にしていた塘路湖のキャンプ場にはたくさんのカヌーイストたちがいて、家族で川下りを楽しんでる人も多かった。湿原のなかを好きなように漕ぎ出せたら格別だろう。まあこれは、次の楽しみにとっておこう。

 さて、ここではとくにオショロコマについて記しておこう。オショロコマは道東を中心に北海道にしか生息しないイワナの一種である。もう一種のアメマス系イワナは降海型で大型になるが、こちらは余り大きくならない。ヨーロッパには同種のものがいて英名ドリー・バーデン、その色鮮やかな美しさが多くのアングラーをひきよせている。

 今回私たちは、ヒグマの生息地である知床の沢筋にお邪魔して、このオショロコマを釣り上げようと企てたのだ。パーティの面々と身支度を整え、おそるおそる沢を遡行しはじめた。水は死ぬほど冷たく、気温も上がらない。時折雨もぱらつく。沢のなかは暗く、谷は深い。「ぴー・ぴー!」と思いっきり笛を鳴らしながらすすむ。ヒグマが恐いからである。

 まず、Sさんの竿が大きくしなった。最初の一尾。赤い斑点が確かに美しい。顔つきが優しく幼い感じがする。ここからはまったくの「入れ食い」状態になった。次々とヒット。大きめでおいしそうな奴だけをキープし、後は流れに返す。そういえば、地元の人にポイントを聞いたとき「そんなものはどこにでもいるよ」という態度だった。入漁証もいらないし、漁業権も設定されていない。要するに、地元では大して価値はないということらしい。あんまり簡単に釣れるのでこちらも少し興ざめしてくる。

 やがて二段四〇メートル程の滝が現れた。手元の気圧式高度計では標高六〇〇メートルほどの地点である。その大きな滝壷を覗くと、なんとオショロコマが群をなして泳いでいる。流れ落ちる滝に向かって放射線状に整列し、まるで隊列を整えているように泳いでいるのだ。時折エサを見つけるのかはげしく水面をたたくものもいる。こんな情景は、話に聞いたことはあるが、見るのは私も初めてである。

 フライをとばすと、勢い良く飛びついた。四番ロッドがしなり、キョトンとして何が起きたかわかってないようなイワナがついてきた。同じ毛針では二三回で見破られるのか飛びつかなくなるが、フライを変えれば、何度やっても同じ。際限なく釣れてくるようだ。

 「もうやめよう」。気がついたら昼近くだったが、もう充分に堪能したという気持ちになった。ここはイワナの楽園で、ヒグマの聖域なのだ。私たちはそこにきて、豊かな自然のなかの悠久のときの流れと美しさとを楽しませてもらった。

 また、今回の旅では、たくさんの野鳥に出会えた。釧路ではみられなかった丹頂鶴は、野付半島に二組のつがいがいた。すさまじいアオサギの群。ウミネコ。アジサシ。観光地を避けて人のいない水辺にいけばどこにでもたくさんの鳥に出会えた。沢筋でもキジを久々に間近に見た。次の楽しみは次の機会にとっておくことにしよう。晴れ上がった女満別空港上空で、私たちは道東の景色に別れを告げた。