2006年01月01日

論文合併問題「なんか狐につままれたような」

論文合併問題 「なんか狐につままれたような」

上福岡市議会議員  鈴木 啓太郎
2003.12.28

 10月26日おこなわれた住民投票の結果、上福岡市を含む富士見市、大井町、三芳町の2市2町合併はご破算となった。住民投票の直前まで、合併は半ば既成事実でそうなるものとだれもが信じていたから、世紀の大逆転がおきた。

 得票結果は別表をご覧頂きたいが、反対が賛成を上回ったのは大井町と三芳町で、このうち得票率50%以上で有効という条件をクリアした三芳町で反対が確定した。2市2町のうち一つでも反対となれば、合併は成立せず白紙に戻る。かくして合併協議会発足から3年7ヶ月、総費用はたぶん2億円は費やしたであろうわが町の合併話はあっけなく終わった。

 この間私たちは合併反対派として行動した。10月9日の告示直前に上福岡市では「合併反対市民キャンペーン」を立ち上げて街頭行動をおこない、またこれに先立って、2市2町の住民ネットワークで「市民がつくる街づくりプラン」というのをひと夏かけて仕上げ合併協議会の「新市建設計画」に対抗した。これらのアクションがそれなりの影響力を行使したことは、参加しただれもが実感したことである。だが、起きていた事態は実に多様な姿を見せていた。


平成の大合併ってなんだ

 そもそも、いま全国をにぎわせている「平成の大合併」が、地方交付税の削減など要するに地方への財政支出の削減をすすめたい財務省と、これに地方分権だとか合併の推進といった「地方の努力」をくっつけて財源確保をはかる総務省の駆け引きのなかに成立している話だというのはご承知のところだろう。

 悪名高い合併特例債は、合併を決めた自治体に優先的に振り分ける貸付制度で、利子を除く元金の7割を20年かけて地方交付税で「手当」できるおまけまで付いている。国の財政が苦しいから地方のリストラをすすめるとしながら、退職金の水増しと有利な貸付までおこなうのもヘンだと思うが、これもリストラのためと総務省は財務省を説き伏せてしまっている。

 一方の自治体は期限を切られ、いまでなければ有利な財源は保障しないといわれると、先行きの不安から飛びつきたくなるものだ。加えて地方制調では「1万人以下自治体」への交付税削減だとか、自治体としての権限の剥奪という話まで飛びだした。だから、各自治体がとにもかくにも合併をしておいた方が「得」であると考えるだけの条件は整っていた。


合併モラルハザードの形相

 しかしこのような「不純」な動機にまつわる合併だから、クサイ話も多くなる。わが町の合併の場合、合併特例債は580億円計上され、協議会は特例債を含め総額800億円を超える「新市建設計画」を打ち上げた。だが、どの事業にいくらおカネをかけるのかついに明らかにできなかった。その細部まで発表すると首長同士の争いが起きて収拾がつかないのだと担当者はぼやいていた。

 すると各市町は、「この事業は特例債で実現する」などの空手形の乱発を始めた。なかには長らくお蔵入りになっていた大型公共事業までもが復活し、事業費の総計では予算額の倍でも足らないことになってしまった。
 そればかりではない。

 各種基金(自治体の貯金のようなもの)を条例を変えて取り崩して、計画途上の道路だとか建物だとかを既成事実とするために駆け込みで事業化することに血眼になったのだ。わが上福岡市も富士見市もこの不況下でバブル期をしのぐ空前の大型予算が計上され、特に土木費の比率が群を抜いて高くなった。俗に言う「合併モラルハザード」の典型的な現象が起きていた。

 こうなると疑心暗鬼がうまれるのは世の常だ。人口の少ない町部は、合併後の主導権争いで不利になるのは分かっている。合併後の市長選挙で勝つのはほとんど100%人口の多い自治体の首長である。幹部職員の数も議員数も人口比率に正比例する。

 当初はこれに配慮して市役所は新市でもはずれにある三芳町役場に置くとか、記念公園をつくるとかを取り決めた。ところが住民投票が近づくと雲行きは怪しくなった。住民投票での誘導のためか、市役所はまちの中心に持ってくるだの、公園はできないだの、本音が飛び交い始めたのだ。いったい何のための合併なのか、なにを目的にしているのか、こうなるとだれにも分からなくなってしまった。むき出しの利害と損得勘定だけが先行して政治は大義を見失ってしまったのだ。


「与党」議員連盟の分裂

 目的が不純であれば手法もそれに準ずるものだ。合併は青年会議所が音頭をとって住民発議をおこない、議会多数派がそれを支えるはずだった。実際、2市2町の「与党」でつくる合併与党議員連盟という怪しげな組織がいつの間にか生まれて(というのも私にはオファーもなかったから知らないのである)、合併推進を固く誓ってきたのだった。議会の勢力比では圧倒的多数であったから、合併の成立をだれもが疑わなかったが、その分だけ合意形成は密室性を強め、かわりに住民への説得力は乏しくなった。

 合併協議会は協議会とは名ばかりで、事務当局の案件をほとんど質疑もなく3年7ヶ月にわたって追認し続けた。新市は市民参加型のまちをめざすはずで、ワークショップとかも開かれたが、そこで合併は前提であり、その是非を論じるのは御法度にされた。重要なことはいつの間にか首長間の合意で決まり、議論の中身が外に漏れるということはなかった。しかしその密室性故にか、不信感ばかりが募って結果的には与党議員連盟は分裂して「合併推進議員連盟」と名を変えた。そのうちに首長同士の喧嘩が始まって、最後は修復不可能な感情むき出しの対立になってしまった。


住民投票がまちの未来を決めた

 この過程で、私などが議会での議論を試みてもむなしいばかりだった。市長は合併協が決めることだといって逃げ、反対したいならどうぞおやりなさいととりあわない。それならばということで、私は合併反対派になることになった。もともと賛成も反対もあったわけではないが、多数派に安住して沈黙するのは流儀にあわない。たとえ合併が動かずとも、少しでも異論を唱えて論点を提示することが自分の役割と自覚したからだった。

 ただ私たちは住民投票の実施を求めていった。合併がいわば「上から」押しつけられた性格をもつときに、これを覆せるのは住民投票をおいてなかったのである。逆の意味で、議会や「有力者」たちが反対でも、住民投票の結果でねじ伏せることも可能となる。たぶん、こうしたいろんな意味合いが交差して、住民投票は実施されることになった。

 三芳町で得票率が50%を越えたという報が伝わったとき、合併推進派は万歳をしたと報道関係者が教えてくれた。彼らは最後の瞬間まで勝利を疑わなかったのである。しかしその予想を超えて反対票は投じられた。この結果、2市2町合併協議会は解散が決まった。いまは責任のなすり合いだけが始まっている。
(03年11月)


住民投票の結果

富士見市 上福岡市 大井町 三芳町
投票率 40.48% 43.54% 47.20% 51.53%
賛成 23.021 11.063 7.774 6.181
反対 9.972 7.961 8.893 8.334