2006年01月01日
落日の日本株式会社の行く末 私たち改革抵抗勢力?
![]() ~ 保育園民営化 企業保育とコスト優先の殺伐 ~ |
小泉首相の公約に「待機児童ゼロ作戦」というのがある。所信表明演説で「明確な実現時期を定め、保育所の待機児童ゼロ作戦を推進し、必要な地域すべてにおける放課後児童の受け入れ態勢を整備する」とされた。この問題が、いま全国で、保育園に通う親たちと、保育園を抱える自治体を揺るがしている。児童の受け入れ態勢を整備するためには、民間の力を借りねばならないからである。 足りない保育施設を増設するために民間の力を使う、その一体何が問題なんだと思う方は多いだろう。逆に民間資本の参入を促し、保育園をどんどん作るべきだ、というように思われるかも知れない。 ところが、自治体行政の現場から見ると、この「作戦」はどうにもうまくいきそうにないのだ。それどころか小泉改革が馬脚を現す一因となるのではないかという予感すらよぎる。 |
| 待機児童ゼロ これはいいことだ |
| まず最初に断っておくが、待機児童解消は小泉首相が特別に掲げた政策ではない。 政府には内閣官房長官を議長に、各省大臣と学識者で構成されている男女共同参画会議というのがある。そのもとに「仕事と子育ての両立支援策に関する専門調査会」(樋口恵子会長)が組織され、ベネッセコーポレーション社長の福武總一朗などもここに参加している。この調査会では、女性の子育て支援には育休制度の充実など職場改革が必要ということと共に、大規模な保育サービス提供が不可欠という認識で一致している。これを受けて、厚生労働省も来年度中に5万、04年度までに計15万人の、待機児童解消を政策目標に打ち出すにいたった。 小泉首相の「待機児童ゼロ」はこれらの動きに乗っかったといえるものだが、期限を明確化したり、「最小のコストで最大の効果を」といったスローガンを好んで掲げるなど、計画推進へ拍車をかけているところが小泉流といえるだろう。 ところでこの調査会で、保育への民間企業の参入を強く主張し、旗振り役になっているのが福武氏である。福武氏は保育事業に「企業参入が進まない根拠」として、民間企業にとって「投資と回収の展望が見えない」点を挙げ、現行法制度の問題点を指摘する。また待機児童ゼロを掲げる小泉氏に「民間企業やNPOの参入数値目標も掲げるべきだ」とかみついてもいる。 本紙にもかつてレポートしたが、昨年3月の児童福祉法改正により、保育園経営は公設以外は特定の社会福祉法人に限られていた枠が取り払われ、企業にも参入の道が開かれた。ところが以降すでに1年半が経過したが、後に述べる公設民営方式は別として、単独の企業参入は1件もないのが実状だ。要するに保育を事業化しても、現行の父母負担となる保育料や、保育の基準をクリアーしようとすると経営が成り立たないから、企業家たちはこの分野に近づいては来ないのである。 |
| 「新自由主義」的保育改革? これはどうかな |
| この現状について福武氏は次のように主張する。 「構造的な改革に向けて、児童福祉法はいったん解体し、子育て支援型福祉サービスに関する部分を、契約の概念に基づいた新たな仕組みとして再設計するべきです。市場原理をベースとしている民の世界では、『高品質・低コスト』のサービスは当たり前です。保育の質について同じサービスレベルが担保されるなら、より多くの施設を整備・運営できる、軽い財政負担のほうが国民全体にとってよいのではないでしょうか」(同調査会最終報告・委員の付帯意見から)。 福武氏のいっているのは、介護保険など社会福祉の基礎構造改革で、旧来の行政による措置制度は「契約」型に改められているのだから、同じ福祉の範疇にある児童福祉法も全面的な見直しが必要だという観点である。そして福武氏は「契約」とは市場原理に委ねることであり、そのことが国民全体にとって善い、と考えている。 こういうサッチャー張りの新自由主義的政策に賛同するひとは、じつはそう多くはない。実際のところ、先の調査会でも「保育の質の保持」は第1の命題に掲げられており、「公立及び社会福祉法人を基盤としつつ、さらに、民間活力を導入し公設民営型など多様化を図る」(仕事と子育ての両立支援策の方針について・閣議決定 01・7・6)のが方針とされている。 そこで検討されているのは「多様な主体」が保育の担い手となるために、初期投資を軽減する「公設民営」、すなわち土地や建物は公設し、後の経営や運営責任は民に委ねるというものである。この場合の民間とは、企業に限らずNPOや学校法人、宗教法人なども想定されていて、昨年度では認可保育園191件のうち、27件が社会福祉法人以外の「多様な主体」であった。 さらに、今年度の厚労省の概算要求には、民間が作ったものへ公的な補助をおこなうPFI方式 (PrivateFinanceInitiative)が示唆されているから、今後これも拡大するかも知れない。 しかしこれらの場合は、待機児童解消がおぼつかない自治体で、しかも新設保育所の場合に、例えば空き教室を利用したり、駅前型保育で多様なニーズに応えるというときに、こうした方式を迅速に実施することが奨励されているのであって、これ自身は冷静な議論といえるものだ。 これらの動きを串刺し的に、特に福武氏のような極端な事例までをも一緒くたにして「保育の公的責任の放棄、保育の市場化」と断じるのは少しはずれているといえるだろう。 |
| 公立は廃園で民営化 なんじゃこりゃ |
| しかし、これが自治体の現場でどのようになっていくかというと、また話が変わってくる。いま全国の自治体で、保育園の公設民営化ラッシュが始まっているのだ。 いくつか拾ってみよう。 鎌倉市・市内5カ所は公立のまま残し、3カ所を民営化。御殿場市・特定園を除いてすべて民営化。宇都宮市・公立22園のうち8園を統廃合、民営化。岐阜市・公立5園を民営化。鯖江市・公立をすべて民設民営化に。堺市・全園を民設民営化……取り上げていくときりがない。わが上福岡市も老朽化した保育園の建て替え計画があり、建て替えと同時に民間委託は「選択肢のひとつ」とされた。 どうしてこんなことになっているのか。 堺市の試算によれば、保育園児1人あたりの運営費は、公立が約200万円、私立が115万円だったという。つまりコストの問題だ。財政難から経費削減を志向する自治体に、「民営化」は魅力的なインセンティブを働かせているのである。 だが同じ保育士資格者を配置した認可保育園である。設備、施設が同じでどうしてこんな差が生じるのか。私立、公立では若干の賃金格差があるが、是正処置もあるのでその差は数%に過ぎない。保育行財政研究会によれば、このコスト格差は保育士の平均年齢による格差だという。堺市の公立保育園では平均年齢は42・9歳、私立は約27歳で、賃金に換算すると1・79倍になる。ようするに年齢とともにやめていく私立はコストが抑えられる、これだけのことなのだ。保育士は若いうちにやめろというわけである。この政策を「男女共同参画会議」が推進しているというのだから、何とも皮肉な話である。ちっとも子育てと仕事の両立になってないではないか。 |
| 保育の公的責任を保持させよう |
| 一方で先の福武氏率いるベネッセコーポレーションが、三鷹市の委託を受けて保育園の経営に乗り出した。委託先を決めるプロポーザル方式の入札では、三鷹市が試算した年間運営費1億7000万円に対し、ベネッセが提示したのは7900万円だった。ベネッセが経費を落とせたのも人件費の押さえ込みだ。常設スタッフは1年更新の契約社員にしたが、保育士募集の約20人枠に、340人の応募が殺到したそうである。 この試みが成功するかどうか、それはわからない。ただ私たちの記憶に新しいのは、介護保険導入とともに全国展開を試みたコムスンの失敗である。シルバー市場は市場経済にはそぐわないという一例として、コムスンの問題を考えておくべきではないか。 介護や保育といったかつて家族制度のもとにあった人的サービスは、機械や設備に代行させていくことに限界がある。人件費を削減しようとすれば、必ず無理が生じてくる。こうした福祉分野のサービスには、特定の有料サービスを除いて、公的な枠組みをはずすことはできないのではないかと私は思う。 いま公立の保育所に預けている人のなかには、無認可の保育施設を利用した人は多い。各地で死亡事故や問題を引き起こすベビーホテル等では、営利追求に走ったケースがほとんどだ。全国で21件の死亡事故を引き起こしている『ちびっ子園』に子供を預けたことのある母親から、やっとの思いで保育所を見つけたが「ミルクは何回にしますか」「回数が増えると費用はこれだけ増えます」といった園側の対応に驚いて、即座に子供を連れ帰ったという話を聞いた。ここにおいたらアブナイと真剣に思ったそうだ。 企業経営がすべてこうなるとはもちろんいえない。しかし企業参入を促す規制緩和策は、こうした危険性をどこかにはらんでいる。安易な民営化にひた走る行政の姿勢もまた同じである。 保育先を求めている親の願いが切実であると同じように、いま公的保育園に預けている親たちは、安易な民営化を望みはしないだろう。最小コストで最大効果が得られればよいが、単なるコスト削減のターゲットとして、保育を市場原理に委ねるような選択をすれば、小泉改革もまた、イギリス・サッチャー政権と同じ運命をたどるだろう。それこそ、2度目は茶番として。(市会議員) |

