2006年01月01日

白神山地

白神山地へ

鈴木 啓太郎


 広大なブナの原生林で世界遺産にまで登録された白神山地には、その中心を流れる赤石川と、追良瀬川という二つの大きな清流がある。

 私はこの夏、追良瀬川を旅をすることができた。わずか三日間、行程19キロ、標高差900?。の旅だったが、ダブついた腹まわりが気になる中年オヤジには、久々に充実した時間だった。



7月16日 
  朝8時30分に、自宅の電話が鳴った。

 「もしもし、鈴木啓太郎さんですね・・」。やや訛のある声が電話口でひびく。「深浦の森林管理センターですが・・」えっ、なんだ?とまどうまもなく事務的なことばがつづいた。「入山許可については平成16年より申請のみで、許可証は発行しませんので・・」そうだった。そんな話も聞いていた。迂闊にも私は往復はがきで白神山地への入山許可証を求める手続きをとってしまっていたのだ。

 相手の声は質問に変わる。「こちらははじめてですか?」「はい」。「標識等は一切ありませんがご承知ですか?」「はい」。「登山の経験はお持ちですね?」「まあ、それなりに」。「現地の天候は雨です。では気をつけて」。電話の内容はそれだけだった。

 かの入山許可書には焚き火禁止だのイワナを捕るなだのと書いてあってすこぶる評判が悪いのだが、幸いそんなことに彼はふれず、私の気分を害することもなかった。

 電話を終えてふとわれに返って、「体力には自信がありますね?」と聴かれていたら、なんと答えたのだろうということがアタマをめぐった。川をめぐる旅にそれほどの不安はない。知識や経験は充分にあるつもりだ。問題はただひとつ。それは体力である。三日分の食料と装備を背負って、この渓を歩き通すことがいまの自分にできるのだろうか。

 10年前ならいざ知らず、近頃の体力の衰えは否めない。もちろん日々のトレーニングなんてなにもやっていない。したがって体重だけはどんどん増えた。だぶついた身体に腹まわりの脂肪がずしりと重い。脚力もよわくなった。なにより視力が落ちた。普段かけている遠近両用のめがねでは、石から石へ渡り歩くのがおっくうになる。昼でも暗がりに入ったり、夕闇で光が落ちるとよくコケる。距離がうまくつかめないのである。こればかりは経験しないと分からない。老いてくると、私も若いときには想像がつかないことが起きるのである。

 白神にいくということが決まってから、密かに私は追良瀬川下流でアユを釣ることを考えていたのだ。どちらかといえばアユで有名なのは赤石川で、「金アユ」と呼ばれて珍重されているが、赤石川にダムができて、白神周辺の伐採があって、水質はがくんと落ちた。当然アユの質も落ちた。ところが追良瀬川は河口付近の集落以降人家がなく、大きなダムもない。マニアの間では「プラチナアユ」といって近年の注目株なのである。ところが問い合わせると、今年はアユの遡上が少なく、時期的にも早過ぎるという。いまきてもムダですよ、と観光担当の職員は素っ気ない。アユを釣るならさほどの体力はいらないが、釣れないと分かっていていくのもばかげている。

 そうかそれならば、白神コアエリアへの遡行をめざすしかないか、と気持ちを切り替えた。K君に電話して同行を頼むと「まあいいよ」という返事である。「行って損になる場所じゃないよ、保障するから」。説得したつもりで大急ぎで2人の入山申請を書き、速達で発送した。しかし前々日になってK君は仕事だからやっぱりいけないという。あちこち電話したが、だれもいっしょには行きそうにない。まいいか、またもや単独行だ。

 装備を極限まで軽量化し、食料も米とそばを主食に最小限に絞る。河原の歩きが中心となるので池袋の秀山荘で新品の渓流ブーツを買い、テント代わりにするモンベルのツエルト用フライシート、それからエアマットも新調して準備を整えたのである。不足したのは、2万5千分の一の地形図が全コース分手に入らなかったことくらいだろうか。

 かくして私は出発の日を迎えるのだが、白神山地が世界遺産になって、登山者などは立ち入りができないと思っている人も多いようだから、ここで白神山地の自然保護運動の経緯について若干ふれておこう。

 白神山地を縦断する青秋林道(全長29,6キロ、32億円)が、反対運動に寄って行き詰まりを見せた1989年、林野庁はこの地を新たにもうけた「森林生態系保護地域」と指定した。翌年青秋林道の建設予定線をふくむ中心部が原則として人の手を加えない「保存地区」となったため、林道計画は正式に中止が決まった。

 この森林生態系保護地区はユネスコの提唱するMAB(Man and Biosphere)の考え方が参考にされたという。MABでは厳正に保存されるべき「核心地域」のまわりに「緩衝地域」をおき、第一次参業の利用はこのまわりで行うというものである。白神は93年12月に世界遺産登録が認められるが、森林生態系保護地域の範囲がほとんどそのまま世界遺産地域となり、核心地域、緩衝地域も踏襲されることになる。

 詳しくは述べないが、この森林生態系保護地域指定は、それまで林道建設や原生林伐採を繰り返してきた林野庁が180度転換して、生態系保全を名目に「原則入山禁止」という処置にふみきるお題目となった。自然保護を訴えてきた運動の中には、行政側の恫喝との受けとめもあるほどだ。自然を保護せよというのなら認めよう、その代わり一切の入山を禁止する、というのである。

 世界遺産登録とともに、秋田県側はこの処置を踏襲した。「核心地域」の原則入山禁止である。おかしなことに、特別の許可証をもっていたり、ガイド付きであったり、学術研究との名目がつくものは良しとされる。つまりこういうことだ。行政がこいつは入っていい、こいつは悪いと判断するのである。入山禁止の法的根拠は希薄だから、この分類も恣意的としかいいようがない。

 これに対して青森県側は、入山を許可制にした。「指定27ルート」というあまり登山の実体にそぐわないルートならば、申請すれば許可証を発行していた。平成16年からは、許可証もなくなったのは冒頭紹介したとおりである。

 私が思うに自然保護の混乱に輪をかけたのは、環境NGOなど一部の自然保護団体を自称するものたちが行政のお先棒を担いで「入山禁止」に唱和したことである。これに対して、青秋林道反対運動の中心であった根深誠氏をはじめ地元の登山や沢登り愛好家たちは猛然と反発した。

 人が徒歩で立ち入ることで生態系にいかほどの悪影響があるというのだろう。あまりにも過剰な人員が殺到すれば、規制は必要になるかもしれない。こうした点について、基本的データーを収集したり、全般的な調査ができるのは行政である。情報を公開し、実像を周知して、オーバーユースにいたらない方法を、研究者や利用者の意見を採り入れつつ決めるのが行政の本来の役割ではないのか。

 白神はけして観光地ではない。気軽にこれる場所ではないのだ。観光的施設などつくらずに、既存の林道を封鎖して、徒歩以外に近づく手段をなくしてしまえば、なお効果的なはずである。

 前置きばかり長くて恐縮だが、実は私にはもう一ついいたいことがある。行政側はこの地域での焚き火や動植物の捕獲、端的に言えば山菜やイワナをとることを禁止しているが、私には異論がある。これについてはたぶん議論にもなり、批判を受けることもあるだろう。だが、制限はあり得ても禁止は間違いだというのが私の考えである。焚き火を起こし、山菜やイワナを捕りながら旅をするのは、この地で生きてきたマタギをはじめ、もっとも合理的で野趣あふれる自然の利用法である。私にとっては息子に伝えたい野遊びの第一候補といってもいい。白神は元来、そんな川の旅を愛する人たちの憧憬の地であったのだ。

 だからこそ、というべきだろうか。白神山地は私としてもぜひとも踏破しておかねばならないエリアなのであった。そんなわけで、大急ぎで準備したこの夏の白神山行がはじまったのである。



7月17日

  私の住む埼玉県上福岡市から、高速道路を経て、白神に到着するのにおよそ8時間ほどだったろうか。道が日本海側に近づくと激しい雨が続いていた。

 午前6時に同じ車で交替しながら運転してきてくれた小川夫妻と白神ラインの追良瀬大橋に立つ。しかしここから見える追良瀬川は完全な濁流。泥水が轟々と音を立てている。「こりゃだめだ」あきらめるしかないかなと思いながら、とりあえずこの日白神山に登るという人たちの集合場所までいったん退却する。

 少し雨が小振りになったので、もういちど追良瀬大橋に引き返したのが午前9時半。私には水かさが増しているように見えたが、このまま帰るのもつまらない。暗門の滝方向に行くという小川さんに、行ってムリだと思えたら引き返してくるから、帰りに12時までここで待っていてほしいとお願いして出発することにした。

 堰堤までの林道を歩き、まき道を通って河原に降りると、ごうごうという流れがさらに勢いを増しているようだ。茶色に濁って底が見えない。ここから屈曲点ごとに徒渉をくり返しながら進むのだが、歩き出して1時間半程度の淵で進退が窮まった。渡ろうにもすぐ下の落ち込みに吸い込まれそうで渡れない。辺つりのできる限界まで淵をたどり、泳いで渡るしかないようだ。ザイルの端をリュックに結んで、しばし流れを見る。「これを越えたら帰れないな」。そうおもいつつも思い切り岩を蹴って水流に乗り出す。対岸に泳ぎ渡り、ザイルをたぐってリュックを引き寄せた。思いのほかスイスイといけたので、ここで気持ちもしゃんとした。

 いくつか先の淵で、濁流に立つ私の足元を黒いものがゆっくりと動いた。イワナだ。追良瀬川特有の、白い斑点がくっきりと見えた。つぎの淵では、変なカモが浮きながらこちらを見ている。「これがうわさのシノリガモかな」と思いながら、雨を気にしつつカメラを出して写真を撮る。カモの動きはコミカルだ。距離を詰めるツツっと逃げる。離れるとまたよってくる。じつはこのシノリガモ、本流を遡行中は至る所で見かけた。というより、見られていた。人なつこくずーとついてくる感じがした。

 小さなゴルジュがあって、水量が多くどうにも乗り越せないので、左岸のまき道をたどる。懸垂で水際に降りると、後続の3人パーティーがゴルジュの向こう側に見えた。こんな天気じゃ誰もいないと思っていたが、他人がいたのでなんだかほっとする。

 二の沢が合流する直前に適当な河原があったので、野営の準備をしていると、先を越さ

れたと思っていた3人がやってきた。付近の台地でテントを設営していたのに、私が気づかず追い越してしまっていたようだ。彼らは釣り竿をもってすぐ上の淵に陣取った。このころになるといったん雨も止み濁流も薄らいで、ブルーの色合いが強くなった。その薄らいだ濁りの淵に粘ったまま、3?。以上もの底へ仕掛けを沈め、彼らは次々とイワナを釣り上げる。

 近年の私はテンカラと呼ばれる和式毛針による釣法にこっていて、こちらは歩きながら毛針をふるう。ポイントからポイントへ、水面に落ちる羽虫に飛びつく食い気のある魚だけをかけていくので合理的でスピーディだ。他人の餌釣りを見るのはひさしぶりだったが、こちらものんびりしていいもんだなと感心する。

 それにしてもなんという魚影の濃さよ。きっと多くの人が釣りを試みるだろうテント場の付近で優に尺越えのイワナが次々とかかる。魚影の濃さは、建前上の禁漁のせいではない。やはりイワナは森と水が育てるのだ。

 私もご相伴に預かって、イワナをあぶる焚き火を起こす。

 いつも思うのだが、焚き火は一つの儀式である。流木を集め、適当な大きさに切り分け、小枝から順に火種に添える。いったん燃え上がれば少しの雨なら平気だし、覆いをすれば本降りでもしのげる。つづいて米をとぎ、火にかけて、湯を沸かす。根曲がり竹の串に刺したイワナも程良く仕上がる。ご飯と納豆だけの粗末な食事も、イワナでぐっと豪華になる。ほんとうなら焼き枯らして、イワナ酒といきたいところだが、徹夜で運転してきた今日はもうその元気はないようだ。シュラフカバーに潜り込み、そのまま寝入ってしまう。



7月18日

  夜中に激しく雨が降る。なにか身体に異変を感じて目が覚めるのだが、節々の痛みとともに、猛烈なかゆみとも痛みともつかない感覚がおそってきた。時計を見ると午前2時半である。最初はよく分からないのだが、目覚めてくると異変の正体がはっきりしてきた。顔と手足から猛烈なかゆみを感じるのだ。そんなはずはない。顔は防虫ネットで覆い、シュラフカバーにすっぽりと治まっている。しかし起きて点検してみると、防虫ネットが肌に触れる頬骨の部分がぶっくりと腫れている。手首足首から先の露出部分がやられて腫れ上がっている。

 ヤブ蚊かブユか分からないが、ものすごい攻撃を受けたようだ。きっと防虫ネットのまわりに、つまり私の顔のまわりに、雲霞のごとく群がっていたのだ。そのうちの何匹かが、わずかな隙間からシュラフの中に潜り込んで血を吸ったのだ。なんともおそろしい。それにしても、かゆくて目が覚めるなんて最悪だ。あまりのかゆみにもう寝ることもできない。
 幸い雨も止んだので、焚き火に点火し、お茶を飲んで夜明けをまつ。朝は、夕べの残りご飯でお茶漬けだ。

 タープをたたみパッキングをしても、食われて腫れた手に力が入らない。フェルトの靴下に足をねじ込み、渓流シューズを重ねる。夕べ見たよりは水かさが増した冷たい流れに踏み込むと、腫れた足も少しは気持ちがいい。午前6時少し前によたよたと歩き始める。
 それでも昨日よりは水量が減っているのだろうか、ゴルジュもさしたる困難はない。まき道も快適だ。すぐに落差20?。の滝をかけて五郎三郎の沢が落ちてくる。本流は平坦で平凡だがゆったりしていいところだ。川底の色が赤くなったり、青くなったり、岩盤が美しい。
 周囲を見渡してもブナはまばら、ミズナラ、サワグルミなどが判別できる。水はとうとうと河原いっぱいに流れ、ひっきりなしにイワナが走る。こんな平坦な場所で林道などが近くにない河はそうはないだろう。確かにこれが自然の原初の姿で、かろうじて守られている森なんだろうなと思う。

 イワナに遊んでもらいながらのんびりと歩いていると、ウズラ石沢の出会いについた。沢側の高台に登って昼食。そばを流れに浸し、たれにつけて食べる。誤って少しだがそばを流れにもっていかれ淵に吸い込まれる。しばらくすると、コバルトブルーと白泡の交じり合う淵でなにかがうごめく。イワナだ。でかい。40センチを越えるようなのが二匹、三匹と群雄ししきりに反転する。流れたそばを食ってるのか。近づいても逃げない。夢中で写真を撮るが、流れの底にいる魚はうまく写せそうにない。

 そうこうしているうちに昨日の後続3人パーティがやってきた。彼らはこのままサカサ川に行くという。サカサ川は追良瀬流域でもっとも美しいとネットで見ていたので、うらやましく思う。残念ながら小川さんとの待ち合わせは、明日の4時に白神登山道入り口である。ここで彼らを見送る。つかず離れず見かけたシノリガモともお別れだ。「オッサンきおつけていけよ」という声がする。

 ウズラ石沢を登り始めるとようやく普通の沢に入ったという感じがするが、どこか奥秩父の沢のようで、苔むした様子が美しい。高度を増すにつれて、ブナの群生帯が現れてきた。これが白神かとは思うが、沢を歩いて見える範囲なら、どこにでもある普通の沢のようだ。

 午後4時近くになって、小さな野営スペースを見つける。ホントはもう5分も歩けばもっと快適な場所があったのだが、もう身体はぐたぐた。やっとタープを張り、寝床をつくる。対岸を見上げると、みごとなブナがこちらを見下ろしている。流木を探しに出かけるのだが、どうにも適当なものがない。湿り気が強く、流れの中で半ば腐ってしまったような薪ばかりだ。

 今日も儀式のように焚き火を始めるが、何度やってもうまくいかない。火種にもっていた着火ジェルも使い果たしてしまう。おまけにといだ米をひっくり返して、ぶちまけてしまった。

 がっくりと落ち込んだが、気を取り直して、ヘッドランプをつけ、暗がりの中を小枝から拾い直していく。トイレットペーパーでこよりをつくり、ライターで点火し、小枝から少しずつ太い幹に点火していく。どうしてこうまでこだわって焚き火をするのか、なにか無駄なことをやってるなという気もするが、火が起きるとやはり気分は落ち着く。生きていける感じがする。私はこの原初の森でたったひとり、火をおこすという原始的な手法で命をつないでいる。ライターは使ったけれどね。

 残った米を炊き、湯を沸かし、イワナをあぶる。持ってきた酒もここで全部飲んでしまう。身体の節々がきしみ、虫さされで腫れ上がった顔と手足のことを忘れてしまえば、いまは至福のときだ。幸い今夜はヤブ蚊もおそってこない。ゆっくりと酔い、渓底から雲の切れ間に星を見て眠る。



7月19日

  朝はゆっくりと起きた。パッキングをすませ、出発する。ここから先は枝沢が多く道に迷いやすいらしい。吉川栄一氏のガイドによれば、「完璧な読図、沈着なルートファインディング、野性的方向感覚、神仏のお導きがそろえば」(山と渓谷社)藪こぎなしで白神山頂へ至れるのだそうだ。

 そうかと思って一生懸命読図をして、ある二股を右へルートをとったのだが、どうもこれが違っていて、滝を越えていくうちにいくらなんでもこれは違うと思って引き返すことになる。疲れ切った身体で、引き返す判断をするのはつらい。これに2時間を費やした。
 もう一カ所、今度は左に折れて間違ったが、これはすぐに行き止まりになるので分かる。テープや布の目印も石積みのケルンも、鉈目すら見あたらないが、よく見ると石の上のコケがふまれてすれているので、焦らなければ、そんなに間違うほどではない。これはいまだからいえることで、実際は不安でいっぱいだったのだが、ともかくよたよたと滝を越えていく。徐々に徐々に高度を稼ぎ、見上げると稜線へ突き上げているルンゼがくっきりとみえたので、これで大丈夫とほっとする。このあたりはもうブナはなく、根曲がり竹やイタドリなどが群生する。いつのまにかその熊笹のトンネルにはいると、5分もしないうちに塩ビ管から水が流れている光景に出くわした。うんっ?ああこれが山頂近くの水場かとわかるまで間があった。

 山頂をふむがガスで周囲はなにも見えない。

 避難小屋は昼食をとる人でにぎわっていた。

 下山路にはいると雨が激しく降ってきた。

 沢用のフェルトブーツで泥の道を何度もコケながら下っていくと、ちょうど3時間で登山道入り口についた。小川夫妻はとうにやってきていて、車を止めて待っていてくれた。



通風 悟空の緊箍呪(きんこじゅ)

通風 悟空の緊箍呪(きんこじゅ)
鈴木 啓太郎


 通風とつきあい始めて10年にもなるが、ここ2ヶ月の間ほどひどい目にあったことはない。通風の発作時の痛みといえば尋常ではない。万力で足の親指の根本を締め付けるような激痛が突如としておそってくる。


 はじめての発作を経験したときは、なにがおきたのか理解するのに時間がかかって、4日間は激痛に苦しんだ。5年後に次の発作が起きたときは、救急病院に行き、薬を処方されて事なきを得た。3年後の発作は欧州旅行中だったのでちょっと大変だったが、向こうの医者は手慣れたもので、注射と薬の処方で一日ホテルで休んだだけで痛みは止まった。

 それから2年後の今夏7月、右足の先に違和感を覚えて「アレ、変だな」と思ったら、痛みがじんじんとやってくる。2年前の薬、C薬とV薬が残っていたので、とりあえず、それを飲んだら、少しは腫れたが痛みはそれほどでもなく治まって行く気配。そこで懇意にしている町医者に行き、新しい薬をもらったが、ここからが新たな悲劇の始まりだった。

 この新しい薬では、発作が治まるどころか緩慢に腫れ上がり、痛みもどんどん増してしまうのだ。仕方なく、残っていたC薬を飲むと、一気に効いてくる感じがする。ちなみにC薬は痛風発作時の特効薬とされるが、副作用が強く、常用されることはない。特にひどい下痢がやってくる。すさまじい下痢がやってくると、痛みも治まるなんともいえない薬なのだ。

 ただ今回は、痛みが治まって一安心というわけにはいかなかった。しばらくすると今度は左足に痛みを感じた。これは初めての体験である。医者へ行って、C薬とD薬がほしいというと、なんとウチには無いという。仕方がないので少し大きな病院に行って同じ薬を求めると「そんなふるい薬は今時使わない」といういわれ方だ。では、その医院の処方する薬を飲んでみる。やはり効かない。今度は左足にあの締め付ける痛みが戻ってきた。もう一度町医者に行き、処方箋だけ書いてもらって、やっと薬局で薬を受け取ることができた。薬を飲み、痛みに耐えて、下痢がくると、一安心だ。

 ただしこの薬の処方は15錠までである。早ければ4日間でなくなる。めんどくさいが週に一度は診察を受け、薬を受け取って飲み続けねばならない。そこで夏休みを前に早めに医者に行き、処方箋を書いておいてもらった。休日を挟んでいたので、すぐに薬局に行かなかったのが災いした。処方箋の期日が4日間しか有効ではないなどという知識はこのときまで、私には無かったのだ。薬局に出向いたときはすでに5日目だった。この処方は使えませんといわれて不安がよぎったが、病院は休診中。それでも痛みが治まっていたので「っま、いいか」と思ったのが運の尽き。ストックしてあったC薬を一日1粒ずつ飲んで、それがきれてから、5日目の、またもや土曜日の午後のことだ。「きた」とおもったが、もう遅い。救急病院に行くという手もあるのだが、またまた検査の一からやり直しというのも煩わしい。何とか月曜までもってくれと祈ったが、痛みのピークは月曜の朝にやってきた。激痛の足を引きずって、医者へ行き、処方箋を書いてもらい、薬局へ行き、薬を飲んで、効いてくるまでの数時間、激痛にのたうち回ることになった。最悪なことにこの日は9月定例議会の初日。市長の演説などまったく耳に入ら無いなどというのはどうでもいいが、サンダル履きで(痛みで靴が履けないのだ)議席で苦痛にゆがむ私の痛風話は役所中に知れ渡り、病気とはいえ、なんとなく惨めな気分になった。

 この痛みがやってくると、思い出すのは孫悟空のアタマの金の輪のはなし。三蔵法師が緊箍呪というまじまいを唱えると、きりきりと締め付けるというやつだ。あの話、きっと痛風に違いないと私は信じている。悟空を締め上げるのも、元々は悟空のなかに要因があってのこと、という話はみなさん御存知だろうか。その点は痛風も同じ。体内の尿酸が蓄積して発作を引き起こすのだが、だれもがもってる尿酸が暴れ出すのは、どこかに、私の行いを戒めようと呪文を唱えているやつがいるからなのだ。悔しいがこの痛みにはどうにも勝てない。「お師匠様、なんでも言うことをききます。どうかご勘弁を」と私も思わず叫んでしまう。

シックハウスをゲット マイホーム「5月危機」

シックハウスをゲット マイホーム「5月危機」

鈴木 啓太郎


 「シックハウス症候群だっていうの!」電話の向こうで妻が絶句した。シックハウスという言葉を知っていたのは妻の方である。不覚にも私は事態をなかなか察知することができなかった。ただ私たちが住むことになったマンションの一室の、リフォームに使った新建材に原因があるのではないかと、そのとき私は旅行先から妻に電話で告げたのだった。ようやく妻と私の考えが一致したとき、何か憑かれていたものが落ちたような急な安堵感がこみ上げてきたのを覚えている。

 3月のはじめだったと思うが、新聞折り込みの中古マンションの広告を見て、半分冷やかしで電話をかけすぐに物件を見に行くことになった。行ってみるとなかなかいいところだったので、値切れるだけ値切って、こんな私でも安いローンが組めるなら買ってもいいかなあと思っていたら、思いどおりにことが運び、いままでのアパートの家賃よりも月々の出費は安くなることも分かったので、思い切って買うことにしてしまった。家を買うなんて人生にそう何度もないはずのことだが、見に行ってから決めるまでわずか2週間足らずの即断だった。そこで、どうせなら自分好みにリフォームをしようと思い立って、頭金を払った以外のなけなしの貯金をそこにつぎ込むことにした。

 本当なら、自然保護運動で知り合っていた近所の大工さんにリフォームを頼みたかった。しかし、仕事の都合で5月の半ばまで工事は無理だという。連休中には引っ越しを済ませたかったのと、もう一ヶ月分、アパートの家賃を払うのはもったいないと思ったのだ。

 そこで不動産屋に紹介された業者にリフォームをまかせることにした。私の関心は建材にどういうものが使われるのかというより、業者がちゃんとした仕事をするか、騒音で近所に迷惑をかけないかとかのほうにあった。いまから考えると、うかつだったとしかいいようがないのだが、早く引っ越してしまいたい、そういう思いの方が強くて細かいことにこだわりたくなかったのである。

 工事が終わったのが、4月27日。28日から荷物を運んで、29日にアパートを引き払い、連休中に片づけを終えた。彼女の両親も手伝いにきてくれ、近所の人も手伝ってくれてすべては順調に進んだかに見えた。

 コトは2才になる娘から始まった。荷物の運び終わった部屋に娘を連れてきたとたん機嫌が悪くなったのだ。

 近所の人がいくらお愛想をいっても「フン」とそっぽを向いて荷物の間に隠れてしまう。失礼な奴だなーと思っていると、そのうち火がついたように泣き出した。「引っ越しで疲れたんじゃない」「急に大勢人がきたから」。みなさん気遣う言葉を残して早々に引き上げていった。そしてわが家の悲劇はここから始まったのである。

 娘は夜になって熱をだした。翌日病院へ。「軽い喘息」というのがその日の診断だった。「季節の変わり目ですから、こじらせないように外の風に当てないでください。連休の間も家にいて閉め切っているように」。

 後にこれが決定的な誤りであることが判明するのだが、この指示は固く守られた。そして、薬を与えても安静をつづけても、娘の症状は悪化するいっぽうだった。そのうち妻も異常を訴えだした。私もなんだかのどが痛い。連休中やるはずだった片づけもこうなるとすすめるわけにはいかない。彼女の両親も予定を変更して引き上げるという。順調に進んでいた引っ越しも急速に歯車の回転が合わなくなっていった。

 両親が帰ると今度は妻が怒りだした。引っ越し時の私の彼女の両親に対する態度が悪かったという。このときの心境をどのように表現したらいいだろう。

 のどがひりひりと痛み、目には霞がかかったような印象だ。照明の暗い片づかない部屋のなかで娘と妻が臥せっている。そして口々に私のことをののしるのだ。どこかおかしい。こんなはずじゃなかった。貧しくても幸せなマイホームのはずだったのだ。

 そう、こんなときは逃げるに限るのである。予定していたことではあったのだが、私はそそくさと旅行に出かけた。

 家を出て2日ほどしたとき、のどの痛みが消え気分が急速にやわらいだ。このときやっと事態に気がついたのだ。リフォームした家に原因があるのではと。そうとしか考えられない。すぐに妻に電話をかけ、冒頭の話につながる。

 「そこにいたらダメだ。すぐに避難しよう。窓も開け放って換気しなくちゃダメだ。子どもは両親にしばらく預けよう」。

 実家に避難した妻と娘も、家を離れると急速に見事に体調を回復した。何よりもこうした体験というか体感が、私たちがシックハウス症候群であったことを教えていた。

 この後、県の消費者センターに調査を依頼し、原因物質の追及をはじめたが、フロア材をリフォームした部屋から基準より多少多めのホルムアルデヒドが検出された。フロア材はJIS規格でいうF2で、やはり相当のホルムアルデヒドを含んでいるのは間違いなかった。しかしそれ以外には、建材の成分や材料から「ク口」となるようなものは見つけられなかった。何があれほど人を攻撃的にしたり、イラつかせたりするのだろう。

 2週間ほどの避難生活の後娘は家に戻った。窓を開け放ち、24時間換気をしながら暮らすこと、活性炭を部屋におき、マイナスイオンの発生源を配置したこと、リフォームしなかった部屋を中心に寝起きすることで、今のところ私たちは無事に暮らしている。しかし、いまなお消え去ったわけではないホルムアルデヒドなどの化学物質が、今後私たち家族の健康にどんな作用をもたらすか、それはまだ分からない。

空路知床のオショロコマを求めて

空路知床のオショロコマを求めて

鈴木 啓太郎


 私たちはアプローチに空路を選んだ。

 少ない休暇の時間に旅行を満喫するには、アプローチの時間を短縮するしかないというのが一番の理由だ。そのかわり、荷物は制約されるので、キャンプで過ごすというわけにはいかない。レンタカーを使い民宿やホテルを転々とするということになり、多少割高になったのが(四泊五日で十二万円を要した)デメリットである。

 それにしても羽田からわずか百分で釧路に到着する魅力は大きい。飛行機が飛び立って、ひと眠りしもしないうちに、あっという間に着陸の体制に入ってしまう。

 八〇〇〇メートル上空の小さな窓から見える青空が、分厚い雲に変わり、眼下に広大な原野が広がるのが良くわかった。そのどこまでもつづくような原野のなかに小さいけれどきれいな釧路空港がある。羽田の喧噪から比べれば、まるでタイムスリップのような着陸だった。

 今回の旅の目的はもちろんワークショップに参加するためだが、それ以外は自由時間だ。そこで、まず釧路川をカヌーで下ること、羅臼岳に登ること、そして何よりも知床半島のオショロコマを釣り上げることを私たちはテーマにした。

 カヌーによる川下りは、自前のものを使ったのではなく、ガイドつきのまるで遊覧船の旅のようだったので、「一応釧路川を下ってみた」という以上の感動は得られなかった。釧路川など北海道の河川はゆったりと蛇行しながら流れるヨーロッパ型のチョークストリームが多く、危険個所が少なく、初心者がカヌーで下るにはうってつけともいえる。私たちが出発点にしていた塘路湖のキャンプ場にはたくさんのカヌーイストたちがいて、家族で川下りを楽しんでる人も多かった。湿原のなかを好きなように漕ぎ出せたら格別だろう。まあこれは、次の楽しみにとっておこう。

 さて、ここではとくにオショロコマについて記しておこう。オショロコマは道東を中心に北海道にしか生息しないイワナの一種である。もう一種のアメマス系イワナは降海型で大型になるが、こちらは余り大きくならない。ヨーロッパには同種のものがいて英名ドリー・バーデン、その色鮮やかな美しさが多くのアングラーをひきよせている。

 今回私たちは、ヒグマの生息地である知床の沢筋にお邪魔して、このオショロコマを釣り上げようと企てたのだ。パーティの面々と身支度を整え、おそるおそる沢を遡行しはじめた。水は死ぬほど冷たく、気温も上がらない。時折雨もぱらつく。沢のなかは暗く、谷は深い。「ぴー・ぴー!」と思いっきり笛を鳴らしながらすすむ。ヒグマが恐いからである。

 まず、Sさんの竿が大きくしなった。最初の一尾。赤い斑点が確かに美しい。顔つきが優しく幼い感じがする。ここからはまったくの「入れ食い」状態になった。次々とヒット。大きめでおいしそうな奴だけをキープし、後は流れに返す。そういえば、地元の人にポイントを聞いたとき「そんなものはどこにでもいるよ」という態度だった。入漁証もいらないし、漁業権も設定されていない。要するに、地元では大して価値はないということらしい。あんまり簡単に釣れるのでこちらも少し興ざめしてくる。

 やがて二段四〇メートル程の滝が現れた。手元の気圧式高度計では標高六〇〇メートルほどの地点である。その大きな滝壷を覗くと、なんとオショロコマが群をなして泳いでいる。流れ落ちる滝に向かって放射線状に整列し、まるで隊列を整えているように泳いでいるのだ。時折エサを見つけるのかはげしく水面をたたくものもいる。こんな情景は、話に聞いたことはあるが、見るのは私も初めてである。

 フライをとばすと、勢い良く飛びついた。四番ロッドがしなり、キョトンとして何が起きたかわかってないようなイワナがついてきた。同じ毛針では二三回で見破られるのか飛びつかなくなるが、フライを変えれば、何度やっても同じ。際限なく釣れてくるようだ。

 「もうやめよう」。気がついたら昼近くだったが、もう充分に堪能したという気持ちになった。ここはイワナの楽園で、ヒグマの聖域なのだ。私たちはそこにきて、豊かな自然のなかの悠久のときの流れと美しさとを楽しませてもらった。

 また、今回の旅では、たくさんの野鳥に出会えた。釧路ではみられなかった丹頂鶴は、野付半島に二組のつがいがいた。すさまじいアオサギの群。ウミネコ。アジサシ。観光地を避けて人のいない水辺にいけばどこにでもたくさんの鳥に出会えた。沢筋でもキジを久々に間近に見た。次の楽しみは次の機会にとっておくことにしよう。晴れ上がった女満別空港上空で、私たちは道東の景色に別れを告げた。

論文合併問題「なんか狐につままれたような」

論文合併問題 「なんか狐につままれたような」

上福岡市議会議員  鈴木 啓太郎
2003.12.28

 10月26日おこなわれた住民投票の結果、上福岡市を含む富士見市、大井町、三芳町の2市2町合併はご破算となった。住民投票の直前まで、合併は半ば既成事実でそうなるものとだれもが信じていたから、世紀の大逆転がおきた。

 得票結果は別表をご覧頂きたいが、反対が賛成を上回ったのは大井町と三芳町で、このうち得票率50%以上で有効という条件をクリアした三芳町で反対が確定した。2市2町のうち一つでも反対となれば、合併は成立せず白紙に戻る。かくして合併協議会発足から3年7ヶ月、総費用はたぶん2億円は費やしたであろうわが町の合併話はあっけなく終わった。

 この間私たちは合併反対派として行動した。10月9日の告示直前に上福岡市では「合併反対市民キャンペーン」を立ち上げて街頭行動をおこない、またこれに先立って、2市2町の住民ネットワークで「市民がつくる街づくりプラン」というのをひと夏かけて仕上げ合併協議会の「新市建設計画」に対抗した。これらのアクションがそれなりの影響力を行使したことは、参加しただれもが実感したことである。だが、起きていた事態は実に多様な姿を見せていた。


平成の大合併ってなんだ

 そもそも、いま全国をにぎわせている「平成の大合併」が、地方交付税の削減など要するに地方への財政支出の削減をすすめたい財務省と、これに地方分権だとか合併の推進といった「地方の努力」をくっつけて財源確保をはかる総務省の駆け引きのなかに成立している話だというのはご承知のところだろう。

 悪名高い合併特例債は、合併を決めた自治体に優先的に振り分ける貸付制度で、利子を除く元金の7割を20年かけて地方交付税で「手当」できるおまけまで付いている。国の財政が苦しいから地方のリストラをすすめるとしながら、退職金の水増しと有利な貸付までおこなうのもヘンだと思うが、これもリストラのためと総務省は財務省を説き伏せてしまっている。

 一方の自治体は期限を切られ、いまでなければ有利な財源は保障しないといわれると、先行きの不安から飛びつきたくなるものだ。加えて地方制調では「1万人以下自治体」への交付税削減だとか、自治体としての権限の剥奪という話まで飛びだした。だから、各自治体がとにもかくにも合併をしておいた方が「得」であると考えるだけの条件は整っていた。


合併モラルハザードの形相

 しかしこのような「不純」な動機にまつわる合併だから、クサイ話も多くなる。わが町の合併の場合、合併特例債は580億円計上され、協議会は特例債を含め総額800億円を超える「新市建設計画」を打ち上げた。だが、どの事業にいくらおカネをかけるのかついに明らかにできなかった。その細部まで発表すると首長同士の争いが起きて収拾がつかないのだと担当者はぼやいていた。

 すると各市町は、「この事業は特例債で実現する」などの空手形の乱発を始めた。なかには長らくお蔵入りになっていた大型公共事業までもが復活し、事業費の総計では予算額の倍でも足らないことになってしまった。
 そればかりではない。

 各種基金(自治体の貯金のようなもの)を条例を変えて取り崩して、計画途上の道路だとか建物だとかを既成事実とするために駆け込みで事業化することに血眼になったのだ。わが上福岡市も富士見市もこの不況下でバブル期をしのぐ空前の大型予算が計上され、特に土木費の比率が群を抜いて高くなった。俗に言う「合併モラルハザード」の典型的な現象が起きていた。

 こうなると疑心暗鬼がうまれるのは世の常だ。人口の少ない町部は、合併後の主導権争いで不利になるのは分かっている。合併後の市長選挙で勝つのはほとんど100%人口の多い自治体の首長である。幹部職員の数も議員数も人口比率に正比例する。

 当初はこれに配慮して市役所は新市でもはずれにある三芳町役場に置くとか、記念公園をつくるとかを取り決めた。ところが住民投票が近づくと雲行きは怪しくなった。住民投票での誘導のためか、市役所はまちの中心に持ってくるだの、公園はできないだの、本音が飛び交い始めたのだ。いったい何のための合併なのか、なにを目的にしているのか、こうなるとだれにも分からなくなってしまった。むき出しの利害と損得勘定だけが先行して政治は大義を見失ってしまったのだ。


「与党」議員連盟の分裂

 目的が不純であれば手法もそれに準ずるものだ。合併は青年会議所が音頭をとって住民発議をおこない、議会多数派がそれを支えるはずだった。実際、2市2町の「与党」でつくる合併与党議員連盟という怪しげな組織がいつの間にか生まれて(というのも私にはオファーもなかったから知らないのである)、合併推進を固く誓ってきたのだった。議会の勢力比では圧倒的多数であったから、合併の成立をだれもが疑わなかったが、その分だけ合意形成は密室性を強め、かわりに住民への説得力は乏しくなった。

 合併協議会は協議会とは名ばかりで、事務当局の案件をほとんど質疑もなく3年7ヶ月にわたって追認し続けた。新市は市民参加型のまちをめざすはずで、ワークショップとかも開かれたが、そこで合併は前提であり、その是非を論じるのは御法度にされた。重要なことはいつの間にか首長間の合意で決まり、議論の中身が外に漏れるということはなかった。しかしその密室性故にか、不信感ばかりが募って結果的には与党議員連盟は分裂して「合併推進議員連盟」と名を変えた。そのうちに首長同士の喧嘩が始まって、最後は修復不可能な感情むき出しの対立になってしまった。


住民投票がまちの未来を決めた

 この過程で、私などが議会での議論を試みてもむなしいばかりだった。市長は合併協が決めることだといって逃げ、反対したいならどうぞおやりなさいととりあわない。それならばということで、私は合併反対派になることになった。もともと賛成も反対もあったわけではないが、多数派に安住して沈黙するのは流儀にあわない。たとえ合併が動かずとも、少しでも異論を唱えて論点を提示することが自分の役割と自覚したからだった。

 ただ私たちは住民投票の実施を求めていった。合併がいわば「上から」押しつけられた性格をもつときに、これを覆せるのは住民投票をおいてなかったのである。逆の意味で、議会や「有力者」たちが反対でも、住民投票の結果でねじ伏せることも可能となる。たぶん、こうしたいろんな意味合いが交差して、住民投票は実施されることになった。

 三芳町で得票率が50%を越えたという報が伝わったとき、合併推進派は万歳をしたと報道関係者が教えてくれた。彼らは最後の瞬間まで勝利を疑わなかったのである。しかしその予想を超えて反対票は投じられた。この結果、2市2町合併協議会は解散が決まった。いまは責任のなすり合いだけが始まっている。
(03年11月)


住民投票の結果

富士見市 上福岡市 大井町 三芳町
投票率 40.48% 43.54% 47.20% 51.53%
賛成 23.021 11.063 7.774 6.181
反対 9.972 7.961 8.893 8.334

合併協議会の設置に反対する

合併協議会の設置に反対する
上福岡市議会議員 鈴木啓太郎


市長は合併推進の理由を明らかにせず、
公開の場で論じ合うことを拒絶している
 上福岡市、富士見市、大井町、三芳町2市2町に提案された合併協議会の設置請求は、法定署名数など手続き上の合法性要件を満たしているとはいえ、何故に合併協議会設置が必要なのかという根本的な理由を明らかにしていない。
 また議会に付議するにあたり「意見を付けなければならない」武藤市長もわずかに「賛成します」という5文字をそこに添付しただけで、やはり合併協議会を求める理由について言及しようとしない。

 わが市の合併に連なる重大問題を議決するにあたって、その理由、主張の正当性の論証は当然の義務であるが、提案者も、また提案を受け入れた市長も内容にはふれず、議会という公開の場において論じ合うことを拒絶するのはいったいどうしたことか。
 このような態度は、今後も市民に開かれた議論など到底期待することができないことを示唆しており、「合併の是非を論ずる」という合併協議会の建て前をはなはだしく疑わしきものにしている。

 
2市2町の合併は、ふじみ野駅周辺開発の
受け皿自治体づくりとして計画された経緯を持つ
 だが明確に語られなくとも、2市2町合併が計画されてきた歴史的な経緯ははっきりしている。

いうまでもなくそれは、ふじみ野駅周辺の開発事業の受け皿となる自治体の形成というコンセプトにほかならない。
こうした点で、わが2市2町の合併策は、埼玉新都心の受け皿づくりの浦和、大宮、与野合併計画や、湾岸開発プロジェクトを中心に据えて那珂港市、勝田市の合併したひたちなか市となんら変わることがない。

 ただし、計画当初とは様々な意味での条件の変化が生まれた。首長の変更や政治地図の変化以外にもっとも大きく計画の変更を迫ったのはバブルの崩壊であろう。これにより、巨大開発事業が一時的に沈静化せざるを得なくなったのはご承知のとおりである。だがふじみの駅が開通し、東上線急行が止まり、大きなマンション群がそれなりに活況を示してきたこんにち、合併開発策は、あらたな装いをもってわれわれの前に姿を現すことになった。

 それがすなわち「平成の大合併」といわれる「地方分権受け皿論」「行財政改革=市町村合併論」の装いを身につけたあらたな合併論の台頭にほかならない。これらは東入間青年会議所が提案する「みよし野田園都市構想」として、いまわれわれに、合併協議会の設置を迫ろうとしているのである。

新しい街が生まれることを歓迎すべきか
 ところで、このような合併すなわち大開発といった議論の展開は、いささかステレオタイプに属するものであり、常軌を逸していると思われるかも知れない。各自治体の自主的な合併の促進は地方分権推進委員会の奨励するところであり、上福岡が新しい街に生まれ変わるためにも合併は大切なプロセスではないか、というように。

 だがここに大きな陥穽がある。

 わが2市2町の合併は、地方分権の推進とは似て非なる別物であり、合併は上福岡の基礎自治体としての発展に僅かにも寄与しない。

特例債など合併で得られる財政は、開発事業に振り向けられ、
上福岡など周辺部には予算は回らない
 もし、万が一この合併が実現するならば、国や県から充当される特例債は、ことごとくふじみ野駅周辺の開発事業に投じられ、その巨大で空虚な中心街に比して、打ち捨てられた周辺部がそれを取り囲むという街が出現するにちがいない。
そればかりか、その巨大債務によって、バブル以後も開発中心政策をつづけた自治体が、大阪府や東京都と歩んだのと同じように、泥沼のような財政危機に落ち込むのは避けられないだろうと推察する。

 この結果、わがまちづくりのマスタープランや3次総はもちろん、北野大原地区の再開発などといった地域からたちあげてきた議論は水泡に帰するのであり、福祉や環境といった今日的な施策は大幅に後退することが懸念される。

 さて、これらの議論は、単なるキメツケであり、極論にすぎないのだろうか。

合併協議会は「自主的に合併を望む」
住民の意思を確認する手続きを必要としない
 本請求にある合併協議会は「合併の是非をも含めて議論する機関であるから、その中身はこれから検討されるのだ」と思われるむきがあるかも知れない。
そこで本論においては、合併特例法に基づく、協議会設置請求の合法性に対し疑義を振り向けていくことにする。
すでに法制上成立している特例法の合法性を問題にするのは、あくまで法制上の不備を指摘した上で、その問題点は何かということを共有しておきたいがためである。

 まず第1に指摘したいことは、95年の法改正で導入された住民発議制度は、通常地方自治法の範囲では条例改正をもとめる直接請求に適用されるにすぎない50分の1の有権者署名で発議を可能としており、自治体の存立にかかわる問題への発議としては甚だしく条件が緩い。

 憲法95条では、一つの団体のみに適用される特別法は「住民の投票によって過半数の同意を得る」ことを規定し、あるいは改正地方自治法76条「議会の解散請求」などリコール条項では、有権者総数3分の1以上の署名と投票による過半数以上の同意によって解散解職が確定する。

自治体合併は「自主的で自立的な」合併の促進を前提にしており、かつ相互の議会議決を前提にすることで、このような処置が取られているのであるが、このことはごく一部の住民の意思によって、合併が合意されかねない法制上の問題を表しているのである。
言い換えれば、市民生活を大きく変える合併問題を協議するにあたって、われわれは住民の意思を確認する手法を、通常選挙以外は持ち得ないということになる。

したがって、これらの欠陥を補い合併の是非を決する際には、しかるべく住民投票など住民総意の確認をおこなうべきであり、その後に禍根を残さないためにもこれらは必要不可欠な手続きとみなさねばならない。

合併自治体には協議会で合意された
まちづくりビジョンを遵守する義務がない
ためにバラ色のまちづくりを約束し、後で反古にすることが可能である
 第2の問題は、合併協議会後に生まれる「新」合併自治体には、協議会で合意される建設計画の遵守義務がないことである。特例法によれば、合併市町村は、議会の議決を得れば、建設計画をいかようにも変更することができるとされる。

ところで、合併協議における「建設計画」は、新しい自治体のビジョンとなるべきものであって、合併を合意するに不可欠でありながら、それを遵守しなくても良いということになり、合併協議会の信頼性を極めて疑わしくしている。

 繰り返すが、特例法では合併に際し少数の署名提出で発議され、住民の総意を確認する方法は確立されていない。さらに、かりに各議会が合意しても、新しい自治体議会は合意した建設計画を容易に変更しうるのである。

合併推進論は積極的な推進論を必要としない
 このような法制上の問題点が、協議会の性格を危ういものにする。
すなわち、強力で積極的な議会内少数者の反対論を別にすれば、住民の側には積極的な盛り上がりは必要とせず、消極的賛同ないし無関心が合併協議を容易にしかねない。

最近東入間青年会議所が発行したビラによれば、武藤市長をのぞく首長の意向は、
「時代の趨勢」(富士見市荻原市長)
「前向きに捉えたい」(大井町島田町長)
「前向きに考えていきたい」(三芳町林町長)
という驚くべき消極的態度である。

そこでわれわれが懸念するのは、拙速に合併協議が進行し、充分な詰めがなされず、安易な妥結に踏み込んでいくことであり、特例債による財政措置にのみ目を奪われ、これまでの各自治体の政策立案を台無しにしかねないという問題である。

地方分権・分権自治体づくりと2市2町の合併を混同して論じてはならない
 確かに、地方分権推進委員会の第2次勧告などにおいて自主的合併や広域行政への取り組みが奨励され、合併特例法改正に際し住民発議制度や過疎地域活性特例措置の規定拡大が盛り込まれた。

 しかしここで問題とされるのは、全国自治体の6割を占める人口で八千人を下回る自治体で、かつ過疎化による人口減が加速度的に進行している地域である。

 このような地域においては人口減少が財政規模をいちじるしく低下させ、職員数も減少するなど行政執行能力の低下も避けがたい。もちろんこのような小規模な自治体でも、自主的で自立的なまちづくりを推進し、人口減少をくい止め、産業的発展を実現しているところは全国にたくさん存在している。
このため、合併計画の存在しない空白地が18の道府県に及んでおり、必ずしも合併策は全国的に必要とされている施策ではない。

 さらにそうした過疎自治体への救済策としてとられている合併推進策が、上福岡市はじめ2市2町において該当しないのはいうまでもない。わが市は、少子高齢化対策を独自に展開しえないほど脆弱な、自治的能力を欠如した自治体ではない。

適正な自治体の規模という議論は間違っている
 これに対して、日本青年会議所の「全国339自治体への改革」といった自治体再編計画は趣を異にする。これらは、通信交通網の発達、モータリゼーションの普及に踏まえ、日常の生活圏、経済圏が拡大したという認識に立って「適正の人口規模・圏域の半径」なるものを算定し、それに見合わない自治体を合併すべしとする乱暴な主張である。

 これらの出典根拠は以外に古く、1970年の自治省「広域行政圏構想」、同年の建設省「地方生活圏構想」にさかのぼる。この両構想とも、それぞれ10万から40万までの人口規模、半径20~30キロの圏域を「適正」なものと想定する。しかしそれがすなわち、自治体の規模の「適正」を示すのでないのは一見して明らかである。

人口規模の適正な範囲などという構想は
市民の生活感覚に結びつくものではない
 地方分権の時代であるからこそ、自治体にはほんらいの「自己決定・自己責任」が認められるはずで、「それぞれの地域の実情に応じて市町村のあり方を考えることが重要であり」「すべての地域を通じた市町村の適正規模を一律に論ずることは困難であり、市町村の数をあらかじめ定めることは適当ではない」(第25次地方制度調査会答申、98年)と考えるべきで、「適正な人口規模・圏域」などという「上からの」市町村合併は、自主的で自立的な「個性豊かなまちづくり」をめざす地方分権とはまったく別物であり、両者を混同して論じてはならないのである。

特例債は借金がしやすくなるというだけで、いずれ付けは支払わねばならない
市民1人当たりの予算は確実に減額する
 ではさらに、合併特例債による財政的特典についても論じてみよう。

 合併をおこなえば、普通交付税額の算定特例期間の延長をはじめ、合併特例債など、短期中期的には合併による不足を補ってあまりある財政措置が盛り込まれている。財源に不足をかかえる各自治体にとって、これは魅力的な数値であろう。

 だがいかに特典が与えられるとはいえ、これらはほぼ十年間の期限付きの処置で、いくら地方交付税の充当率が高くなるといっても、それは借金がしやすくなったというだけのこと。問題は特例債の使い道となる。これについてはすでにふれたように、新市庁舎やハコもの的施設など、ふじみ野周辺に費やされる可能性がもっとも高く、市民生活が全般的に向上するとはいえない。

 しかも合併によって一時的に膨らんだ財政も、優遇期間が過ぎれば、交付税の減額、補助金のカットなどによって減額されていくのは必至である。また人口20万以上の特例市となるために、あらたに水質汚濁防止法、都市計画法、土地区画整理法など15の法律に基づく19項目の事務が増え経費が増大化するのはいうまでもない。こうした点からも将来的に予算規模が縮小するのは避けられないと思われる。したがって、市民1人当たりに充当する予算額は確実に減額されることになる。

ただ一つの財政メリットは、議員が減ることである
 唯一市民にとって財政メリットが存するといえば、4人の市長、市の幹部、議会議員、市職員の数が減るということである。しかし事務の増大とともに職員は必要になり、議員歳費の増額などでこれが経費としていかほどの削減になるかは大いに疑問としなければならない。
それでも議員が減る方がよいのだといわれれば、われわれは頭を垂れる以外ない。

 しかし、この点は議員諸氏に訴えたいが、議員が減ることを唯一のメリットとする合併に賛同するなどという選択はおのれの存在を低め、辱めるものではないだろうか。市議会議員として市政の発展にかかわってきたと自負する者の矜持にかけて、このような合併策は認めてはならない。

「みよし野田園都市」構想は何が間違っているか
 つぎに住民発議の中心事務局であった「東入間青年会議所」が提案する「みよし野田園都市」構想についてみていく。

 同会議所が発行するパンフレットによれば、「みよし野田園都市」は「農と食が同居するマチ」であり両者を結ぶ「商というコミニケーション」が設定されるなど共感できる部分もあり、また、三富農業の保全や、新河岸川自然公園構想など肯首しうる多くの提案が含まれている。そこで新しいまちづくりをはじめよう、消防、警察、医師会など、これほどの広域行政の既成事実があるのだから、なぜ行政だけが分離するのか、という問いかけには一見説得力があるように見受けられる。

 だが、先にも述べたように、自治体行政の領域には広域事業になじまない数多くの業務が存在する。これらの多くは都市問題としてに派生する社会的弱者の救済という問題である。
弱者は特別な存在ではない。都市生活ではだれもが社会的弱者になりうるからこそ、安全保障を社会的に整備しなければならないのである。

 それは住宅政策、生活道路などの問題でいえば、都市計画や土地利用規制への住民の意見反映、行政サービスに対する住民の苦情処理、地域的ニーズに応じた予算の編成といった事業であり、保健福祉でいえば、介護や医療の住民サービス、ヘルパー派遣や相談業務、小型デイサービスやグループホームのたち上げといった今日的課題である。これらは、きめの細かい現場でのやりとりや実態調査の末具体化されていくのであって、広域的に事業化すればよいとはならない。

きめの細かい、地域からたちあげる事業が必要とされている
 「地域的ニーズ」を政策化し「だれもが安心して心地よく住める」マチにしていくことが福祉の課題に他ならない。福祉の基礎構造改革論議の中で用いられている理念は「個人の自立した生活を総合的に支援するための地域福祉の充実」であり、こうした考え方が介護保険などでめざされているのはいうまでもない。そうであるからこそ、介護保険法は各市町村に独自の策定委員会を設けさせ、その地域的課題と住民ニーズに即した政策立案を義務づけているのである。

 また同パンフレットが「お金があるならば、段差のないマチづくりに着手すべき」など、同会議所が批判するばらまき福祉や、ハコもの福祉とまったく同レベルで福祉的施策を論じているように、いささかも「福祉の本質を捉えていない」ことは明らかであって、同会議所はこうした点をこそ批判的に省みるべきである。

 さらに同パンフが、合併は「大きなビジネスチャンス」などと表しているように、地域の商業的発展という、市民生活総体からみれば、それだけでは一面的な利益の強調に終始しており、このような観点から開示される「みよし野田園都市構想」は社会的弱者に注がれるべき視点を切り捨てた「強者」の観点から、広域行政・合併推進を論じているのであって、これらが到底市民的合意をなしうるものでないのは明らかだと思われる。

以上述べた視点から、2市2町の合併には賛同できず、
よって協議会設置にも賛成することはできない
 自治体合併の経験を持つ富士見市に対し、上福岡、大井、三芳はそれぞれ独自の自治体として発展を遂げた歴史を持つ。これらは埼玉県政の中でも誇るべき歴史であり、合併などという無駄なエネルギーを費やす必要はない。相互に協力し合い、切磋琢磨していくことで良いではないだろうか。拙速な合併策は道を誤るだけである。

 (12月17日上福岡市議会本会議で反対討論時にほぼ全文を朗読。その後、反対8、賛成15-保守系会派・公明-で合併協議会設置に議会が同意を採決した。)

進む市町村合併 広域化は財政危機を救うか

進む市町村合併 広域化は財政危機を救うか


さいたま新都心(大宮、浦和、与野)や静岡清水合併など、各地で市町村合併の動きがさかんに起きている。地方分権化や都市再開発の手段として、各自治体が広域化・人口集中に力を入れているためだ。市町村の拡大で住民の生活や町並みはどう変わるのか。合併をかかえる各地からの意見を聞いた。


町の未来が密室で決められようとしている
――埼玉県上福岡市の場合――
上福岡市議会議員  鈴木 啓太郎

 四月一〇日、大宮市、浦和市、与野市で合併協議会が決定され、さいたま市発足の動きが本格化した。私の住む上福岡市でも、富士見市、大井町、三芳町との合併協議会が発足している。何のための市町村合併なのか。上福岡での論議を取り上げたい。



分権化の受皿というけれど

  私が昨年四月に議員になって、降ってわいたように現れてきた難物がこの問題だ。昨年七月、地方分権一括法で「合併特例法」が改正され、有権者の五〇分の一の住民発議で合併協議会の設置請求ができることが決まり、八月には上福岡周辺でも青年会議所による署名運動が始まった。一〇月には法定署名数が各自治体に提出され、一二月に各議会が合併協議会設置を議決というように、アレヨという間に進んできてしまった。

 浦和などの場合は「さいたま新都心」建設という大開発の受け皿自治体づくりとして計画されてきた。わが二市二町の場合も経緯は同様、東上線に新たにできあがった「ふじみ野」駅周辺開発の受け皿的な位置で計画されてきたのである。バブル崩壊以来、話にそれほどの勢いはつかず、計画立ち消えとすら市民には思えていたのだった。

 ところが少し事情が変わった。地方分権推進委員会は第二次勧告で「市町村合併」の促進を打ち出し、地方分権計画の重要課題として持ち上げた。その追い風を受けて、くすぶっていたはずの「二市二町合併」論議が一気に吹き出してきたのである。

 合併するとなにがいいというのか。「スケールメリットで財政規模が拡大する」「行政サービスが向上する」これが自治省の言い分なのだが、実際のところよくわからない。お隣の大井町の人たちは住所を入間郡から書きはじめるのがいやなので、市に昇格するなら何でもいいと言っている。小さな町に住んでいると大きいまちはよく見えるものだ。ターミナルステーションがあって、ビル街があって、中心部にはスポーツ施設がたくさんある。そんな都会的な街へのあこがれがあるのだろう。

 だから、ここから得られるメリットというのは、こういう話ではないかと私は思っている。自分の住んでる近くに温水プールが欲しいと思う。町が単独で作れば財政負担は大変だが、市町村が集まって作れば財政規模は大きくなり、つまりスケールメリットで「効率的」にできて、サービスが向上するというわけだ。

 しかし運良く近所の人は良かったけど、遠くの人にとってはどうだろう。財政の豊かな隣町のプールに行くのと便利さはたいして変わらなかったりもする。ブランド志向で住む街のグレードを問題にすれば、プールがある自治体の方がいいという人もいるだろう。しかし算数的に考えれば便利な人は少数で、大部分の人が遠くなる。広域自治体の非効率の方こそを、問題にすべきだと私は思う。

 街の機能はスポーツ施設だけではない。山村中心の自治体もあれば、農村も市街地もある。街には年寄りも子供も障害者も暮らしているのである。大切なのは基礎的な自治体にだれもが容易にアクセスできるということではないか。そこにコミュニティが成立しているということも生活には必要だ。自分の住んでいる地域の問題を自分たちで解決できるのは「地方分権」の大事な課題であるはずだ。

 この問題を国家的統制の合理性や行政改革の脈絡で見ると、意外なほどすっきりする。自治体の数はどんどん減らして、都道府県などの中間の広域自治体もなくして、「全国三〇〇自治体への再編」(小沢一郎)で国が直轄した方がコントロールが容易であるからだ。また自治体にばらまいている補助金や地方交付税など予算の規模を縮小するにも都合がいい。

 もちろん現に大きい街に住んでいて、大宮・浦和のように百万を越えなくては気が済まないという人もいるだろう。まあそこまでいくとこれは生活スタイルというか、ある種好みの問題でもあって何も言うつもりはない。上から押しつけられるのは気に入らないが、こんなことをきっかけに自分たちの街を考えるのであれば、それでそれなりの意味があると思うのだ。大きいことがいいことなのか、答えがあらかじめあるのではない。要はそこに住む人が、いかなる街を選択するかという問題だ。だが、とりあえず私の心情としては「スモールイズビユーティフル」と思っている。



論議なき意志決定の怪

  こんなふうに考えながら、いきなり法定協議会発足という課題を議会で突きつけられて、反論しなければと気負った私は、三日間徹夜で「反対討論」を書き上げ、約八〇〇〇字二五分に及ぶ大演説をやってのけた。その結果ある保守系の議員は眠り込んで採決に立ち上がらず、なんと「反対」に一票を投じたのであった。これこそ演説の力?という笑話なのだが、「何だ興味ねーのかよ」という感じなのだ。この問題が起きてから、こうしたとまどいを至るところで感じている。

 「大丈夫、そんなに簡単に合併なんかできないよ」。これは合併を進める側の議員の口ぐせだ。法定協議会がこうなって、こうなってるからすぐに合併になっちゃうけど、それでもいいのか。アンタんとこの商店なんて、周辺部の過疎に置かれて、すたれちゃうだけじゃないか。キミのところなんて回る予算はなくなるよといった具合にまくし立てると、必ずこういう反応が返ってくる。こいつは不可解。今もって大きな謎なのである。

 各議会はすでに合併協議会設置で議決しているのに、表向きには、まだ「白紙」(三芳)だの「広域連合で」(大井)だのというのである。合併そのものは、住民発議で始まったのだが、そのときの署名運動は「合併について協議するのだから」署名して欲しいという趣旨だった。賛成でもなく反対でもなく是非を検討することで協議会は発足した。ところが各首長、助役、正副議長のほか学識経験者を交え三〇数名で構成される協議会は、「メリットデメリットを出し合って、デメリットを回避するという方向で検討したい」。要するに合併の障害を取り除いて、メリットが活かされるような「推進」の協議を行いながら、「中立」の議論だと言うのである。

 議会や市民集会などの開かれた場では、だれも積極的に合併推進論は展開しない。にもかかわらず合併の既成事実だけが進んでいる。まちづくりのビジョンがいくつか示されて、公の場で合併の効用が議論されることを市民は期待しているのに、どうにもそういう方向に話は向かわない。



どこで議論しているのか

  どこで議論しているかというと、二市二町与党議員連盟なるものが「二〇一〇年までの合併を決議している」といっている。その勉強会には自治省の役人や県の職員もやってきて、懇切丁寧に説得する。私などにはお声もかからないから、そこでどんな話がされているのか知りようがない。密室で協議が進行していくことの気味悪さを感じるのだ。パブリックな公の場で「公論」が形成されていくのではなく、あらかじめ周到な多数派工作が先行しているのだ。

 国政では密室でコトが決められたり、情報が操作されるクレムリン並の首相の交代劇に批判が集中しているが、同じことは地方自治についても言える。本紙前号のインタビューで保坂展人氏はそれを帝国憲法下のカニの甲羅にたとえていた。そういう前時代的遺物の合意形成の方法というか、私も自分の街でそういうものを目の当たりにしている気がする。こういうときどうしたらいいと思います? 真っ向から挑む以外ないでしょう。「ちゃんと議論しろ」とか「住民投票で決着しろ」とかね。

地方防災というオルタナ

地方防災というオルタナティブ


 「大規模な防災訓練を実施するよりも、地域ごとの実状にあわせた小規模な地域防災訓練の方が、費用対効果の面でも、実践的訓練としても遙かに有効ではないのか。」


 これは、今年の三月定例議会で、地域防災について質問をおこなった時の文言である。ここでいう「地域防災」という考え方は、かの阪神・淡路大震災の教訓から生まれてきた考え方のひとつである。


 例えば首都圏のベットタウンに当たる市街地で、大規模な地震に見舞われ、同時多発火災や家屋の倒壊が起きたことを想定してみよう。交通が遮断される状況の下で、限られた物資、人員で被害を最小限にくいとめるためには、住民自身が「自分で自分を守る」ための備えをしておくことがなにより有効である。


 さらに災害時の状況によっても、救助のあり方は変わってくる。夜間なら、警察、消防、市職員の配置など初動の救助体制を組むことに遅れが生じる。平日の昼間なら、在住人口は少なく、子供や高齢者が多くなる。こうした状況の変化にあわせて「住民相互の助け合い」を可能なものにしていく、そうした自主防災的な研究やシュミレーションは必要ではないのか。


 こんな問題意識から、今年の1月17日、私の住む地域で地域防災訓練がはじめて実施され私もそれに参加した。


 対象となった地域の人口規模はおよそ約三千人。公民館を中心に三つの町会の範囲から、周辺に居住する市職員、消防団員の集合訓練や、それぞれの役割確認をおこなった。さらに地域の企業や障害者団体などにも参加してもらい、訓練は百八十一名でおこなわれた。


 各町会ごとに集合した住民は、消火訓練、簡易担保づくり、人工呼吸、さらに倒壊家屋からの救助訓練などを受けた。この点が今までと大きく違う点なのだが、防災訓練といえば、従来は警察消防の部隊訓練や指揮系統確認が主な項目であり、住民の参加は避難誘導か、せいぜい家庭での火元確認の方法などに限られていた。実際に目の前で災害が発生して、自分が何かをおこなうという訓練は、参加してみてずっとおもしろかった。


 もちろん集合場所となっている公民館への避難誘導もおこない、一方で住民の安否確認の手法を確認していった。また集合地点ではNTTの「災害伝言ダイヤル」を使ったシュミレーションもおこなわれた。折しも関東地方は小雨から雪に変わる悪天候の日であったので、訓練は臨場感もあり、参加した住民からも大変好評を得たのである。
 質問の話に戻ろう。


 「費用はどの程度かかったのか」「すべて町会費、消防署それぞれの費用でまかなわれておりますので、市としては費用をかけておりません」。


 「今後同様の訓練を拡大していく計画はあるか」「消防団、消防署の負担を考慮すると一年度内に複数箇所でおこなうことは難しいと思われます」。


 こちらが金がかからず、効果があるのだからもっとやれといっているのに、市としては費用をかけていないけれど、その分消防署の負担になるので、そう何度もはできないとこの答弁者はいいたいのである。うまい逃げ方をするなあ・・。


 ここで冒頭の質問。「大規模訓練(といってもこの場合は2市2町の合同訓練のことなのだが)よりも、地域防災訓練の方が有効で実践的ではないのか」。答えは「比較の対象になりません」「両方が必要だと思われます」といったありきたりのところで、質問は終わってしまった。


 じつはこうした「地域防災」の考え方で「防災」について研究を重ねてきたのは、小さな民間のサークルである。この手のサークルは「保守的」と見られる人が多いので、私が防災を質問に取り上げて驚かれたが、このサークルがやっていることはなかなかユニークなのだ。小学校の校庭を借り、地域の人を誘って、テント生活をする。そこででた問題点を整理し、避難生活に必要なノウハウの蓄積を試みる。いま「防災」と名前を付けると莫大な予算が降りてきて、「防災公園」とか「耐震工事」とかが大流行だが、そんなことに金をかけるより、こうした住民自身のなかに経験と研究を広げた方がよほど有効なはずだと私は信じている。

循環型社会形成推進基本法成立とリサイクルの現実

循環型社会形成推進基本法成立とリサイクルの現実
~ けいたろうの議会だより ~


事業者がリサイクルに向かえない
消費者の関心は高まるか

  四月一日から容器包装リサイクル法の完全施行となった。私の住む上福岡市でもこれまでのビン、カン、ペットボトルなどの分別収集に加えて、プラスチックや紙の容器・包装類までの分別収集が始まった。



どれが「容器包装」?

  一年ぐらい前、議員になって初めて市の担当部と話をしたとき、ごみ処理の係りに着任したばかりの部長は、私の前でたばこの箱を取り出し、セロハンと空き箱と、中の銀紙と吸い殻とを並べて「これを全部分別して、リサイクルするというのですか?」と実現を疑問視していた。「鈴木さんは脱焼却という主張だそうですが、国土の狭い日本で燃やさないごみ処理なんて考えられませんね」といぶかるようにいう。もちろん、全部まとめて焼却処分した方が手っ取り早い。そんなことはわかっている。しかしそれではダイオキシンの発生を抑えきれないというのが、当時起きていた問題だ。

 方針転換は意外に早くやってきた。去年の夏頃には、容器包装リサイクル法の完全実施、廃プラスチックの分別収集に踏み切ることを決めた。これは前年の一二月に始まった厚生省によるダイオキシン規制が、ようやくわが市の担当者にも浸透してきたことをしめしていた。従来のようなアバウトな焼却処理では、ダイオキシン規制ガイドラインをクリアできないことがはっきりし、担当部がごみ問題に対する認識を決定的に変えたのである。エラそうにいわせてもらえば、私たちが消費者団体とともに説得を重ねたことがついに功を奏したのである。

 また、分別の徹底と容器包装リサイクル法の早期完全実施は私の選挙公約の一つだった。国政レベルでの政策化と、それを実現する地方自治体とにはこうしたタイムラグが頻繁に生まれる。その狭間で正当な主張をすれば、議員活動は実に簡単にコトがはこぶというわけである。

 四月から分別の完全実施のためには、遅くとも二月中に市内各地域での説明会を終えなければ間に合わない。大慌てで準備を進めたために、分別の詳しいリストを作るとか、牛乳パックをどうするとか、ティッシュの箱をどうするとか細かい点が詰めきれなかった。不安の中での説明会開始となったが、どこもかしこも地域の集会場始まって以来の空前の超満員となった。これには担当の環境課もびっくりした。市民の関心は予想以上に高かったのである。

 また、この説明会での応答が実におもしろかった。この容器包装リサイクル法でいう「容器包装」とはいったいなんなのか。スーパーで売っている野菜を包むラップは包装だが、同じものでも家庭で冷蔵庫にしまうラップは「包装」に当たらない。費用を負担する当事者が法律上違ってくるために、こんな複雑な事態になる。

 ここでクイズを一つ。クリーニングの袋。弁当の割り箸の袋。書籍の外カバー。CDのケース。このうち「容器包装」にあたるのは一点だが、どれか?。わかった人はエライ。けれどこんな複雑系を背負い込まされる市民にはエライ迷惑な話である。



プラスチックの山

 かくして本年の四月から分別収集が始まったのだが、朝早くから環境課の電話は鳴りっぱなしである。どれが「容器包装」で、どれがそうでないのか。毎日クイズをしなければならない。

 それでも何とか分別をやってみると「容器包装」がいかに多いのか、改めて驚かされる。プラスチック類は重量はともかくカサが断然に大きくなる。「容器」というのは、消費される中身ではなく、運搬されて消費されれば不要となるいわば無用のものだ。それがこんなに多い。いかに私たちの生活が無駄なものに覆われていたのか、実によくわかる。

 これまで当市で行っていた資源回収は月二回である。この態勢のまま四月に突入したが、これではとても間に合わないということになってきた。私のところにも「二週間分もおいておけないよ」といった苦情の電話が相次いだ。ビンや缶の分別収集は月二回で何とかなる。しかし、プラスチックはそうはいかないほど量が多い。これでは「燃えるごみ」の方にみんな突っ込んでしまう。担当課に掛け合うと、直ちに週一回の回収に切り替えるという方針が示され、もう一度回収計画の表づくりからやり直して、七月から実施と切り替えられた。容器包装プラスチックは四月だけで四〇トンという莫大な量になった。収集日が増え、市民に浸透すれば、もっと量は増えていくだろう。

 また四月は風が強い日が多かった。高く積み上げられた廃プラスチックの「容器包装」はいとも簡単に宙を舞う。苦情が殺到して担当課が走り回ったのは笑い話なのだが、これには普段ごみ分別に関わらないオヤジたちにも事態の深刻さを自覚させる効果があった。「何でこんなにプラスチックが多いのだ。何とかしろ」というわけである。

 このようにして分別収集する市民の側に「ごみ減量」への気運が高まるのだが、これがどうにも生産者、メーカーの方に生まれない。ごみの発生抑制に有効なインセンティブが働かないのだ。じつはここに容器包装リサイクル法の最大の問題がある。



作るほど安くなる

  これをペットボトルの例で説明しよう。容器包装リサイクル法で再商品化の義務を負う企業の負担は、じつは「再商品化の見込み量」で決まっている。見込み量は前年度実績で計るから、当然生産量とは大幅に食い違う。昨年の例でいうと、再商品化見込み量は四万六〇〇〇トン、これに対して生産量は四〇万トンぐらいある。だから市町村がいくらがんばって分別収集しても、再商品化のキャパシティが決まっていて、渡す人がいない。このため処理されないペットボトルがうずたかく積まれてしまうのだ。

 しかも企業はペットボトルの再商品化に一トンあたり一〇万強支払う。一本六〇グラムとして六円と計算していい。ところが実際の生産量はその十倍だから、生産量でみると一本あたり〇・六~〇・八円にしかならない。

 これに対して、市町村はいくらかけているか。上福岡市の場合、容器包装リサイクル協会がトン九万五〇〇〇円で処理する費用のうち昨年度は六%を支払った(比率は年度、種別によって異なる)。それだけではない。ペットボトルを圧縮、梱包する費用は市町村が負担する。これがトンあたり四万五〇〇〇円、昨年は約一〇〇トン処理して総額五四六万五〇〇〇円かかっている。これが容器包装リサイクル法による自治体の負担増額分である。このほかさらに分別収集の費用が加わるが、それは一般のごみ処理費の中に埋もれてしまうので分けて計算できない。

 学者などの試算では、処理費用の総額を計算すると地方自治体が負担するのは安くみて一本あたり一八円、企業が負担するのは先のような総生産量で計算して一本あたり〇・六円だという。一八円対〇・六円である。費用負担にこんなに差があっては勝負にならない。ペットボトルは作れば作るほど一本分の処理費用は安くなる。缶やビンより効率がいい。そうくれば発生抑制どころか生産奨励だ。ペットボトルが減らないわけは、便利さや使い勝手だけではないのである。

 ではペットボトル以外の容器包装プラスチック類はどうなっているのだろう。

 構造的には大差がないのだが、上福岡市の場合、容器包装リサイクル協会を通さずに、直接に処理業者に持ち込み、トンあたり三万円の処理費用を払っている。本来「再商品化の義務を負う」企業の負担金はわが市の処理費には含まれない。四〇〇トンの処理を見込んで年間一二〇〇万円の予算となるのだが、これでも協会に持ち込むための圧縮梱包費をかけるよりはずっと安く済んでしまうからおかしなものだ。



新たな再処理方法

  先日、廃プラを持ち込んでいる処理工場を、議員有志で見学させていただいた。元々この会社は、市の焼却灰処分の一部を担っていた会社だった。じつはこの会社に巡り会ったことが、わが市のごみ処理の運命を変えたのである。

 ここではプラスチックを「常圧低温油化」という方法で処理している。詳しくはふれないが触媒に貝殻の炭酸カルシュウムを使い、高カロリーの油を取り出すというユニークな処理を行っていた。どうして廃プラが油になるのか現場で実際に見せられても今ひとつよくわからない。質問すると「何で有機物が何万年もかけて石油になったのか考えてみてください」という答えが返ってきた。屎尿処理から始まった資本金三〇〇万の小さな有限会社なのだが、独自に開発した技術力には相当な自信があるようで、この方法でプラスチックを処理すれば、ダイオキシンは発生しないと胸を張った。

 このほか一般家庭ごみの処理全般にもかなり意欲的で、工場長の語り口にも情熱が感じ取れた。環境問題の追い風を受けて満帆であるのだろうが、いかんせんごみ処理の側の利益は薄い。流通や再生の方が「上だと思って」(工場長の弁)利益を持っていってしまうのである。工場の応接室には、「家庭ごみ商品化フロー」という大きな図が張り出されており、すべてのごみを堆肥、油、塩安、凝集剤に変える工法が構想されていた。まだ実験段階のものがあってすべてが実用化されているわけではない。だが、この図を見て、くだんの担当官がしみじみいった。「この通りやれば、燃やす必要なんかないんですよね」。その通りである。



循環型社会形成推進基本法の概要

 1.形成すべき「循環型社会」の姿を明確に提示
 「循環型社会」とは、
[1]廃棄物等の発生抑制
[2]循環資源の循環的な利用及び
[3]適正な処分が確保されることによって、天然資源の消費を抑制し、環境への負荷ができる限り低減される社会。

2.法の対象となる廃棄物等のうち有用なものを「循環資源」と定義法の対象となる物を有価・無価を問わず「廃棄物等」とし、廃棄物等のうち有用なものを「循環資源」と位置づけ、その循  環的な利用を促進。

3.処理の「優先順位」を初めて法定化
 [1]発生抑制
 [2]再使用
 [3]再生利用
 [4]熱回収
 [5]適正処分との優先順位。

4.国、地方公共団体、事業者及び国民の役割分担を明確化
  循環型社会の形成に向け、国、地方公共団体、事業者及び国民が全体で取り組んでいくため、これらの主体の責務を明確にする。特に、
  [1] 事業者・国民の「排出者責任」を明確化。
  [2] 生産者が、自ら生産する製品等について使用され廃棄物となった後まで一定の責任を負う「拡大生産者責任」の一般原則を確立。

5.政府が「循環型社会形成推進基本計画」を策定
  循環型社会の形成を総合的・計画的に進めるため、政府は「循環型社会形成推進基本計画」を策定。

6.循環型社会の形成のための国の施策を明示
                                
注=同法は容器包装リサイクル法など具体的な政策を定めた個別法を統括するもの

地方分権シリーズ・「少子化対策」を考える

地方分権シリーズ・「少子化対策」を考える


子供を生むかどうか、生むことのできる女性に

選択権があるのはいうまでもないが、

合成特殊出生率が1.39(九七年)と低迷する原因の一つに、

生み育てることが困難な社会であると

いう点も確認しておくべきだろう。



「保育園は足りない」のである。決定的に足りないのだ。
 働く女性なら、大半の人が子供が生まれたら保育園に預けよう、と考えるだろう。ところが、保育園を選択するのは、社会的にはまだまだ少数者なのである。

 わが市の例で説明しよう。

 いま、年間だいたい五百人の子供がうまれる。これに対して公立保育園で〇才児保育の定員枠は十二人しかない。この四月に、団地の立て替えにともない新しい保育園がオープンして、やっと定員枠は倍になる。そのほかは無認可の「家庭保育室」等が七十人を吸収される。すると約四百人が残る勘定だ。うまれる子どもの八割は保育園を利用しないか利用できない。三才児以上になると、私立幼稚園利用者が七割、残りを無認可保育園と公立保育園でわけている。

 これをどう評価するか。

 生涯勤めに出ない専業主婦というのは都市部に限っても二割に満たないそうである。実際のところ、子供が小さいうちは働かないという選択をする人が大半だということになる。この人たちは保育を必要としないのだろうか。私にはそうは思えない。教育費が高騰する中学生以上の親の世代になると、就業人口は飛躍的に拡大することをみても分かるように、こどもを預けやすい、育てやすい環境になれば、保育園はもっと多くの利用者が使うようになる。

 もちろん女性の就業人口は年を追うごとに拡大しているから、保育への要望は高くなる一方である。保育園へ入る順番をまっている待機児童数も全国的に増えている。

 しかしうまれる子どもがみんな保育を望んだら、圧倒的に施設は足りない。しかも基準の厳しい公立に入れず、無認可の保育園に預ければ、保育料は公立の二倍から三倍に跳ね上がる。つまり、「安心して子供を生み育てる社会」という標語に見合うほどのサービスは到底望めないのが実情なのである。

 すでに少子化対策の経験を積んでいる北欧を例にとると、「一歳以上の子どもに保育を保証する」という国会決議があるぐらいだから、保育をだれもが必要とする社会的な事業と考えて取り組むことに雲泥の差があることはお分かりいただけるだろう。

 もともと「児童福祉法第二十四条」には、「保育に欠ける」児童については市町村が「措置」すると定義されていた。この背景には、保育は家庭でやるという大前提があったのである。家庭で保育ができない場合、一種の行政処分として、つまり生活保護などと同一の措置として「保育」は考えられていた。だから、家庭で「保育ができる」と考えている人は保育園を利用しなかったし、どこの役所でも保育園の係は、高飛車で評判悪く、市民の足は遠のいていたのである。

 ところが九八年四月から施行された改正児童福祉法では、この措置の部分が、「保育に欠ける」児童の「保護者から申し込みがあった時は・・保育しなければならない」に改められた。ようするに特別の事情で行政が保育するのではなく、親の要請に応えられるものにせよ、というニュアンスに書き換えられた。これで出生率が上がるかどうかは別問題だが、ここでもまた保育という閉ざされていた分野が社会に開かれたのである。


エンゼルプランっていうんだぜ
 これは地方分権との関連ではどういうことになるだろう。

 九十年代中頃に、福祉の基礎構造改革に着手した政府は、高齢者福祉のゴールドプラン、障害者プランに加え「子育て支援策」としてのエンゼルプランを打ち出すことになる。これを福祉三大プランというのだが、いずれの場合も地方自治体に独自計画のプランニングを義務付けた。これらは機関委任事務からはずされ、より地域的特性を優先せようという主旨が含まれたから、地方分権の先取り的な政策となった。また四月に施行される分権一括法で、無認可保育園の指導監督業務が市町村に移ってくるなど、児童福祉の領域で自治体の果たさなければならない役割が増大した。

 すでに述べてきたように、今の保育環境は「安心して生み育てる」社会には余りにも程遠い。加えてこれまでの貧民救済的な「措置」制度のもとでの保育=児童福祉は、ごく一部の人(わが市の場合産まれる子供のうち五百分の十二人)を救済するようにしか作られていないので、社会的、潜在的な福祉の需要に対応することはとてもできない。

 それでも少子化対策としてそれなりに有効な保育政策をすすめようとすると、独自財源には限界があるので、やはり「民営化」という方式を選択することになる。

 民営化といっても、保育の場合、保育士の登用など資格用件は厳格だから、すぐさまどこかの株式会社が経営に乗り出すというわけではない。厚生省が打ち出しているのは、従来の認可保育園の設置基準を大幅に緩和したり、特定福祉法人以外の事業者の参入も認めるといった程度のことである。もちろんPFI法で、公的に作った施設を民間業者が経営するということも今後おこりうる。

 すでに文部省管轄の幼稚園や学校法人が保育園経営に乗り出したり、北九州市や鎌倉市ではいち早く公立保育園の民営化計画を打ち出して波紋を広げているから、関心のある人は自分の住んでいる地域にアンテナを伸ばしておくべきだろう。

 常勤者ではない人への一時保育や、夜八時、あるいは深夜までの延長保育、その他駅前保育や二十四時間型保育所、さらに子育て支援センターなど、自治体もサービス内容を多彩化する。上福岡市の場合、家庭保育室と公立保育園の公私の費用格差是正処置も今度の予算案に盛り込まれた。このように行政区によって子育て支援への力の入れ具合の違いはけっこう見えやすいものになる。


  
保育園は民営化してはならないか
 昨年十二月二〇日の朝日新聞「論壇」に「保育施策は公的な枠組みで」と主張する投稿があった。投稿は「営利を追求する考え方と子供の福祉が両立しうるか」と、市場化を認めることは、企業の「コスト削減、利潤の追求」に子供を投げ出すことではないかというのである。介護保険でも同質の議論が多かったが、これらの主張は旧来の社会福祉法人や、保育運動の中心にあった革新勢力に根強い見解といえる。

 ここで断っておきたいのだが、行政の中には、保育の社会化という議論を故意にねじ曲げて、現にある保育施設を行革つまり経費節減のターゲットにして「民営化」を図るなどというのが出てくるが、こういうのは論外なのである。もしそういう自治体があれば、そんなことは絶対に認めてはならない。

 そうではなくて、北欧型の高福祉を理想として、要するに福祉政策は国や自治体が公的に実現すべきだという考え方ならば、それは検討に値する。北欧型の高福祉社会を選択肢から取り除くべきだとは私も思わない。

 しかし、現にある保育園の経費を減らし、浮いてくる経費で、多くの保育需要に応えていくというのならどうだろうか。単なる経費削減策と区別する難しさが残るが、幾多の事業者に参入の機会を与えることで、多様な市民ニーズに対応するという路が開ける可能性がある。

 また民間の資本が参入し、市場経済的な経営になると子どもの利益を損なうというのは本当だろうか。市場に委ねることには確かに危険もあるが、私たちはそれを制御し、監督し統轄する知恵も学ぶべきではないのか。保育であればコスト削減のために人員を減らすという選択ではなく、子供の豊かな育成といったサービスの質のために企業が努力するよう工夫をすることもできるはずである。

 そのためには費用対効果の透明性が必要である。サービスの提供にはそれに見合う費用がかかり、自己負担と公的負担の比率がどうなっているかはっきりすべきだ。それを市民が参加して監督するという機関も作らねばならない。その上で利用者がサービスを「選ん」だり、第三者に苦情処理を依頼するという枠組みを作る。しかしこういう情報公開やサービスの透明性の確保は、現在の公的制度の方が作りにくいのである。


子供達の空間に環境基準を
 さて、話を上福岡市に戻すことになるが、いま、私たちは新しい保育園の建設に際して、保育園や児童福祉行政に対する市民的関与というか、監督の大切さを改めて痛感することになった。

 ことの起こりは昨年九月、議会の一般質問で私は「新設保育園の建材について」をとりあげたことにはじまる。新建材にホルムアルデヒドなど有害物質がどのくらい含まれているかを調査し、よるシックハウスを回避しようとしたのである。答弁で都市整備部長は「みなさんの家庭で使われているものですから、心配ありません」と答えた。十二月になって私の所属する「常任委員会」(議員は必ず○○委員会に所属する)が建材調査に同意した。年明けにおこなわれた調査で、保育園に使われる合板、パーチクルボードの大部分がホルムアルデヒド含有であり、玄関から廊下、各保育室にいたるまで、大部分が合板でおおわれていることが分かったのだ。

 建築建材は、すでに予算措置の終わっているものでもあり、使われているものも規格品であるから、建設をただちにとめるほどの力は私にはない。せいぜい、開園前にホルムアルデヒドなどの調査をし、建設省が定めている指導基準〇.〇八PPMを上回った場合には開園の延期などの対処をおこなうことを約束させた程度である。

 御承知のように、この指導基準は甚だしく甘い。有害化学物質の影響で子供達が過敏症やアトピーになれば取り返しがつかない。乳幼児の施設にこんなものを使うなんていうのはもってのほかなのだ。

 ということで、着々と工事の進む保育園を毎日のように見据えながら、その調査の成りゆきに身構えているところなのである。(第三回終了)

落日の日本株式会社の行く末 私たち改革抵抗勢力?

落日の日本株式会社の行く末 私たち改革抵抗勢力?
~ 保育園民営化 企業保育とコスト優先の殺伐 ~


 小泉首相の公約に「待機児童ゼロ作戦」というのがある。所信表明演説で「明確な実現時期を定め、保育所の待機児童ゼロ作戦を推進し、必要な地域すべてにおける放課後児童の受け入れ態勢を整備する」とされた。この問題が、いま全国で、保育園に通う親たちと、保育園を抱える自治体を揺るがしている。児童の受け入れ態勢を整備するためには、民間の力を借りねばならないからである。

 足りない保育施設を増設するために民間の力を使う、その一体何が問題なんだと思う方は多いだろう。逆に民間資本の参入を促し、保育園をどんどん作るべきだ、というように思われるかも知れない。

 ところが、自治体行政の現場から見ると、この「作戦」はどうにもうまくいきそうにないのだ。それどころか小泉改革が馬脚を現す一因となるのではないかという予感すらよぎる。



待機児童ゼロ これはいいことだ

  まず最初に断っておくが、待機児童解消は小泉首相が特別に掲げた政策ではない。
 政府には内閣官房長官を議長に、各省大臣と学識者で構成されている男女共同参画会議というのがある。そのもとに「仕事と子育ての両立支援策に関する専門調査会」(樋口恵子会長)が組織され、ベネッセコーポレーション社長の福武總一朗などもここに参加している。この調査会では、女性の子育て支援には育休制度の充実など職場改革が必要ということと共に、大規模な保育サービス提供が不可欠という認識で一致している。これを受けて、厚生労働省も来年度中に5万、04年度までに計15万人の、待機児童解消を政策目標に打ち出すにいたった。

 小泉首相の「待機児童ゼロ」はこれらの動きに乗っかったといえるものだが、期限を明確化したり、「最小のコストで最大の効果を」といったスローガンを好んで掲げるなど、計画推進へ拍車をかけているところが小泉流といえるだろう。

 ところでこの調査会で、保育への民間企業の参入を強く主張し、旗振り役になっているのが福武氏である。福武氏は保育事業に「企業参入が進まない根拠」として、民間企業にとって「投資と回収の展望が見えない」点を挙げ、現行法制度の問題点を指摘する。また待機児童ゼロを掲げる小泉氏に「民間企業やNPOの参入数値目標も掲げるべきだ」とかみついてもいる。

 本紙にもかつてレポートしたが、昨年3月の児童福祉法改正により、保育園経営は公設以外は特定の社会福祉法人に限られていた枠が取り払われ、企業にも参入の道が開かれた。ところが以降すでに1年半が経過したが、後に述べる公設民営方式は別として、単独の企業参入は1件もないのが実状だ。要するに保育を事業化しても、現行の父母負担となる保育料や、保育の基準をクリアーしようとすると経営が成り立たないから、企業家たちはこの分野に近づいては来ないのである。



「新自由主義」的保育改革? これはどうかな

  この現状について福武氏は次のように主張する。

 「構造的な改革に向けて、児童福祉法はいったん解体し、子育て支援型福祉サービスに関する部分を、契約の概念に基づいた新たな仕組みとして再設計するべきです。市場原理をベースとしている民の世界では、『高品質・低コスト』のサービスは当たり前です。保育の質について同じサービスレベルが担保されるなら、より多くの施設を整備・運営できる、軽い財政負担のほうが国民全体にとってよいのではないでしょうか」(同調査会最終報告・委員の付帯意見から)。

 福武氏のいっているのは、介護保険など社会福祉の基礎構造改革で、旧来の行政による措置制度は「契約」型に改められているのだから、同じ福祉の範疇にある児童福祉法も全面的な見直しが必要だという観点である。そして福武氏は「契約」とは市場原理に委ねることであり、そのことが国民全体にとって善い、と考えている。

 こういうサッチャー張りの新自由主義的政策に賛同するひとは、じつはそう多くはない。実際のところ、先の調査会でも「保育の質の保持」は第1の命題に掲げられており、「公立及び社会福祉法人を基盤としつつ、さらに、民間活力を導入し公設民営型など多様化を図る」(仕事と子育ての両立支援策の方針について・閣議決定 01・7・6)のが方針とされている。

 そこで検討されているのは「多様な主体」が保育の担い手となるために、初期投資を軽減する「公設民営」、すなわち土地や建物は公設し、後の経営や運営責任は民に委ねるというものである。この場合の民間とは、企業に限らずNPOや学校法人、宗教法人なども想定されていて、昨年度では認可保育園191件のうち、27件が社会福祉法人以外の「多様な主体」であった。

 さらに、今年度の厚労省の概算要求には、民間が作ったものへ公的な補助をおこなうPFI方式

(PrivateFinanceInitiative)が示唆されているから、今後これも拡大するかも知れない。

 しかしこれらの場合は、待機児童解消がおぼつかない自治体で、しかも新設保育所の場合に、例えば空き教室を利用したり、駅前型保育で多様なニーズに応えるというときに、こうした方式を迅速に実施することが奨励されているのであって、これ自身は冷静な議論といえるものだ。

 これらの動きを串刺し的に、特に福武氏のような極端な事例までをも一緒くたにして「保育の公的責任の放棄、保育の市場化」と断じるのは少しはずれているといえるだろう。



公立は廃園で民営化 なんじゃこりゃ

  しかし、これが自治体の現場でどのようになっていくかというと、また話が変わってくる。いま全国の自治体で、保育園の公設民営化ラッシュが始まっているのだ。

 いくつか拾ってみよう。

 鎌倉市・市内5カ所は公立のまま残し、3カ所を民営化。御殿場市・特定園を除いてすべて民営化。宇都宮市・公立22園のうち8園を統廃合、民営化。岐阜市・公立5園を民営化。鯖江市・公立をすべて民設民営化に。堺市・全園を民設民営化……取り上げていくときりがない。わが上福岡市も老朽化した保育園の建て替え計画があり、建て替えと同時に民間委託は「選択肢のひとつ」とされた。

 どうしてこんなことになっているのか。

 堺市の試算によれば、保育園児1人あたりの運営費は、公立が約200万円、私立が115万円だったという。つまりコストの問題だ。財政難から経費削減を志向する自治体に、「民営化」は魅力的なインセンティブを働かせているのである。

 だが同じ保育士資格者を配置した認可保育園である。設備、施設が同じでどうしてこんな差が生じるのか。私立、公立では若干の賃金格差があるが、是正処置もあるのでその差は数%に過ぎない。保育行財政研究会によれば、このコスト格差は保育士の平均年齢による格差だという。堺市の公立保育園では平均年齢は42・9歳、私立は約27歳で、賃金に換算すると1・79倍になる。ようするに年齢とともにやめていく私立はコストが抑えられる、これだけのことなのだ。保育士は若いうちにやめろというわけである。この政策を「男女共同参画会議」が推進しているというのだから、何とも皮肉な話である。ちっとも子育てと仕事の両立になってないではないか。



保育の公的責任を保持させよう

  一方で先の福武氏率いるベネッセコーポレーションが、三鷹市の委託を受けて保育園の経営に乗り出した。委託先を決めるプロポーザル方式の入札では、三鷹市が試算した年間運営費1億7000万円に対し、ベネッセが提示したのは7900万円だった。ベネッセが経費を落とせたのも人件費の押さえ込みだ。常設スタッフは1年更新の契約社員にしたが、保育士募集の約20人枠に、340人の応募が殺到したそうである。

 この試みが成功するかどうか、それはわからない。ただ私たちの記憶に新しいのは、介護保険導入とともに全国展開を試みたコムスンの失敗である。シルバー市場は市場経済にはそぐわないという一例として、コムスンの問題を考えておくべきではないか。

 介護や保育といったかつて家族制度のもとにあった人的サービスは、機械や設備に代行させていくことに限界がある。人件費を削減しようとすれば、必ず無理が生じてくる。こうした福祉分野のサービスには、特定の有料サービスを除いて、公的な枠組みをはずすことはできないのではないかと私は思う。

 いま公立の保育所に預けている人のなかには、無認可の保育施設を利用した人は多い。各地で死亡事故や問題を引き起こすベビーホテル等では、営利追求に走ったケースがほとんどだ。全国で21件の死亡事故を引き起こしている『ちびっ子園』に子供を預けたことのある母親から、やっとの思いで保育所を見つけたが「ミルクは何回にしますか」「回数が増えると費用はこれだけ増えます」といった園側の対応に驚いて、即座に子供を連れ帰ったという話を聞いた。ここにおいたらアブナイと真剣に思ったそうだ。

 企業経営がすべてこうなるとはもちろんいえない。しかし企業参入を促す規制緩和策は、こうした危険性をどこかにはらんでいる。安易な民営化にひた走る行政の姿勢もまた同じである。

 保育先を求めている親の願いが切実であると同じように、いま公的保育園に預けている親たちは、安易な民営化を望みはしないだろう。最小コストで最大効果が得られればよいが、単なるコスト削減のターゲットとして、保育を市場原理に委ねるような選択をすれば、小泉改革もまた、イギリス・サッチャー政権と同じ運命をたどるだろう。それこそ、2度目は茶番として。(市会議員)

地方自治体にゆれる自治体の現在 けいたろうの議会だより

地方分権にゆれる自治体の現在
~ けいたろうの議会だより ~


 計画経済の行き詰まりが顕著になったソ連で、ゴルバチョフ大統領は「唯一うまくいった国がある。それは日本だ」と述べたという。日本の中央集権的官僚制は政策立案から計画のいっさいを統括し、その実施、予算の消化、末端までを管理統制する。GNPの六パーセント以上を占める公共事業群、大蔵省の護送船団方式、郵政省による一括した通信情報管理、等々あげればキリがない官僚の権限は、国民生活の大部分を網羅してあまりある。これが社会主義的だといえなくもない。

 一方こうした中央官庁の縄張りがいわゆる縦割り行政だとすれば、官庁の出先機関となって地域を面で捉え、税の徴収から道路河川の管理、消防、医療、教育、水道にいたる各種行政サービスなど、住民生活に密着してその細部を請け負っているのが地方公共団体、すなわち都道府県や市町村といった地方自治体ということになる。

 いまこの地方自治体が、地方分権という大きな波に揺らいでいる。地方分権が私たちの生活にどのような変化をもたらすのか、このシリーズを通じて考えてみよう。



判断は前例踏襲 
市民のニーズに即応できず  お役所仕事はもう限界だけど…

 九九年七月国会で、いわゆる地方分権一括法が成立した。

 一括法は大幅に改変された「地方自治法」を中軸に、改正の対象となる法律が四七五本、附則を含めると五六三件の法改正をともなう膨大なものだ。

 法の施行は大部分が本年の四月一日からはじまるので、いま都道府県及び各市町村の担当者たちは、関連する条例整備や権限移譲にともなうあらたな事務への対応に大忙しの時を過ごしている。これまで中央集権的に処理されていた住民サービスなどの権限や責任の所在が国から都道府県、国や県から市町村へ変わるものがほとんどだから、サービスの内容にただちに変化が生まれるわけではない。

 それでも介護や保育といった福祉サービスから都市計画、公共事業に至るまで、変化はじわりと現れてくる。先日の吉野川可動堰にたいする住民投票が、地方分権との絡みで取り上げられているように、沖縄の基地問題や各地の処分場、ダム建設などをめぐって国と地方が対立するという機会が、今後さらに増えるのはまちがいない。さらに東京都や大阪府のように財政危機に陥いる自治体が続出したり、その人が暮らしている行政区ごとに税制やサービスに違いが生じるといった事態もめずらしいことではなくなるだろう。

 難しいのは、分権が進み国や県から権限が移っても、財源がついてくるわけではないことだ。いきおい自治体は「民営化」という選択肢に頼ることになる。今日すすめられている地方分権は、これまで行政サービスとして行われてきたものを「市場化」するのか、それとも公共的事業として保持するのかという選択の場に、私たちを立たせているのだ。



コンサルタントってなんだ

 すでに現状で役所のあらゆる仕事に、民間企業の進出が目立つ。まちづくりや都市計画、環境計画などでの政策立案や計画づくりといった本来役所がやると思われている仕事をコンサルタントが代行している。

 一時期、どこの街並みをみてもまったく同じタイプの景観が生まれるので、おかしいと思ったら、もとになっているコンサルの設計図が同じだったと問題になったことがある。最近は手が込んで、市民参加やワークショップといった手法も、コンサルタントの人達が使う。まちづくりのノウハウなど役人からは間違ってもでてこないアイデアは民間企業がしっかりと握っているのである。

 昨年末、私たちも公園作りで、ワークショップ方式を採用したが、それを采配していたのは市役所の職員ではなく、どこぞやのコンサルタントだった。
 これらコンサルの大部分は、大手企業の営業系列のエージェントである。彼らは役人の仕事の大方を手伝い、その役割を代行する。そして発注される工事そのものを、今度は系列会社が請け負うのである。

 この構造にも大きな問題があると思うが、しかしいまやこうしたコンサル抜きに役所の仕事は成立しないまでになっているのだ。

 一方役人はといえば。
 「それについてはちょっと問い合わせてみましょう」。

 その場での回答を避ける何気ない担当部長の言葉に、当初私はひどくとまどったのを覚えている。それは質問事項にかかわる秘密でもなんでもない書類の閲覧にすぎなかったのだが、担当官はごく当たり前のようにそう言った。彼の部下への指示は、私をもっと驚かせた。彼は部下に私にその情報を示して良いかどうかを「県に」問い合わせるように指示したのだ。

 コンサルタントの役割などもそうだが、議員になるとこういう役人の仕事の仕方がよく見える。

 役所のあらゆる仕事は、法律的な根拠があることになっている。法律が国会で成立すると、監督官庁は、執行主体となる各自治体にマニュアルつきの通達で指示を送る。条例が必要な場合には、ちゃんとその雛形も添付される。役人で法文そのものを読む人は少ない。みんなマニュアルを読んで雛形にしたがって書類をつくるからである。
 役人が何らかの判断をしなければならないことに直面すると、まず上役に聞く。その上役は監督官庁に必ず問い合わせる。法文に照らして自分で判断するというようなことはまずない。

 たとえば市民の一人が「こういう施策が必要だ」という提案をして、それが実情に即した合理的な政策だったとしよう。しかしそれを受け入れる役人は皆無に近い。たいていは「お話はうかがいました」という返事で終わる。その市民の要望に合致する官庁サイドの通達(政策)があるかどうかを調べて、合致した場合に採用するという態度をとるのはかなりレベルの高い方に属する。

 また「どこどこの市でこういう施策が取られているから、うちもこれをやろう」という説得もまったく通じない。しかし、官庁の通達にこう書いてあるじゃないかとやると、役人はひどく慌てる。そういう通達のたぐいに精通し、情報を独占していることが、その役人の「仕事ができる」ことの証なのである。



委任事務の廃止と条令制定権

 自治体といっても、図書館、公民館など施設の管理を除けば、本来の意味での自治的業務など役所の仕事のうち数パーセントにも及ぶまい。おおかた市町村は中央官庁の地方出先機関として仕事をしており、地方自治にはせいぜい「民主主義の小学校」という称号が与えられるにとどまっていた。

 全国的な行政の均一性、サービスの一元化こそが、その弊害も含めて「機関委任事務」という中央官庁→都道府県→市町村の指揮命令系統にできあがってきた仕事の図式である。ところが地方分権一括法の最大の特徴は、地方自治法の大幅改正でこの「機関委任事務」そのものを廃止したことなのだ。

 これまで機関委任事務とされた役所の仕事(現在五三一の事務がある)のうち約四割を「法定受託事務」という形で残すものの、六割が「自治事務」に分類される。

 もう一つ大きな変化は、旧法では、機関委任事務について認められていなかった条例制定権が「法律の範囲内で」という限定つきではあるが、法定受託事務、自治事務の両者に認められたことである。もちろん自治体の側に独自の政策を条例化する意欲がなければ権利は画に描いた餅にすぎない。どこまで有効性を持ちうるかは、その自治体の自治能力の如何にかかっている。

 たとえば高知県の港湾非核化の試みを考えてみよう。

 橋本知事は港湾に入港する外国軍艦のすべてに「非核証明」の提出を義務付けようとしたが、「外交は国の権限」といった圧力で当初案は撤回された。しかし、新法下で、もし独自の条例化を試みればそれは「非核三原則」という「法律の範囲」にある事柄ということになり、条例制定は認められる。領分問題で国から圧力を受ける根拠は消えるのだ。同じような事例は沖縄でも考えられるし、各地のごみ処分場問題などで、威力を発揮することは充分ありうるのである。



自治体の自治能力が問われる

 さて、いうまでもないことだが地方分権は行政改革、直接的には橋本ビジョンといわれた改革構想の一環に位置付けられている。中央省庁が再編されるのは二〇〇一年一月一日からだが、それに先立って官庁の仕事を減らし「スリム化」する。同時に地方分権一括法と同時期に成立した「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」いわゆるPFI(PrivateFinance Initiative)法がイギリス並に適用され、民間企業の経営が学校や刑務所まで及んだりすることも予測される。

 この行き着く先はどんな事態か。

 住民台帳の管理、戸籍なども民間サービスを利用する。保育園も民営化し、介護にも保険方式を導入する。営利の対象にならない仕事のためにNPO(民間非営利組織)も整備する。図書館の館長や学校の校長も民間人から起用する。自由学区制にして学校にも競争原理を導入する。消防も水道も道路管理もし尿処理も民営化する。市民と企業と役所はトライアングル・パートナーである、等々。

 これまで行政の領分であった各種サービスなどが「市場化」することを私たちはどこまで容認しうるのだろうか。市場化を認めるとすれば、そこにはどのような条件が加えられるべきだろうか。

 すべてを市場原理に委ねることで健全な社会が実現すると、まるでフリードマンのように考える人は少ないだろう。といって北欧型の高福祉社会を理想としても、それを実現するには現状の税収構造では財源を確保できない。すでに多くの自治体が借金ずくめ、加えて不況による税収不足。地方自治体の借金の総額は、来年度一八七兆円に達するという。介護保険などに典型的なのだが、行政サービスを過剰化すれば、財政危機は避けられない。

 これらの難関を乗り切っていくためには、自治体が独自の財務計画を持ち、ある程度の民間企業の力も引き出しながら、絶妙なバランスで自治体を運営するという離れ技が問われる。自治体の努力こそがまさしく「地方自治体の再生」のポイントに他ならないのだが…。



保険料基本ソフトが決まらない
ヘルパー派遣はどうする? 介護保険導入をめぐるドタバタ

 本年四月からの実施が予定されている介護保険。本紙九八九号(一〇月二五日付)に介護保険問題を報告した時は、事業計画策定委員会の傍聴をめぐって、激しく当局と対立していた時だった。昨年の年末になって、当局はこれまでの態度を一変して、ついに傍聴を解禁、会議の公開に踏み切った。ついでにあらゆる市の付属機関(審議会など)の公開というおまけもついた。こんなことは当たり前のことだからさしたる感激もないが、会議の公開は以前から求め続け、私の選挙公約の柱にかかげた内容であった。

 こうも簡単に公約実現となると議員としては気楽なところだが、傍聴することになった重い扉の向こう側で、策定委員会が直面していたのは、これから述べるような息苦しい現実である。



政府に翻弄される福祉行政

 介護保険制度は、橋本首相が厚生大臣であった頃に企画検討されたといわれ、九六年自社さ政権下で法制化されたのだが、今年四月の実施を前に政府の方針がころころ変わり、ドタバタを演じている。

 自民党の法案審議の実権を握る亀井静香が「家族のきずな」を説いて、当初案での介護保険施行にストップをかけ「政府の特別対策」をまとめあげさせた。

 「六五歳以上の保険料徴収を半年据え置き、その後一年半額とする」。「四〇歳以上についても国が一年間財政支援する」。「介護家族には慰労金一〇万円などを支給する」といったものである。これら保険料の軽減策で、なんと九千億もの赤字国債が発行されるという。

 厚生省は、在宅介護に必要な報酬単価を発表した。ここでも「身体介護」「家事援助」という二分類に新たに中間項目をもうけ単価をきめたり、「家事援助」の対象者を同居家族のいない単身者に限るなどに変更した。これらはすべて自治体の頭ごしに方針転換されている。その度に、市町村ではケアマネージメントを書き換え、コンピューターのソフトを変更し、保険料の算定をやり直さなければならない。

 介護保険法は、高齢者実態調査にもとづいて「地域の実情に根ざした」計画をたちあげることを義務づけている。にもかかわらず、おきている事態はまったく逆である。政府の方針が変わる度に、それに合わせて事業計画書に変更が加えられるのだ。もう、どこの自治体でも、三月議会ぎりぎりまで条例案の策定を引き延ばして、最後の土壇場で決着させる以外なくなっているというのが実状なのである。



「儲からない」介護予防は自治体に

 市町村に影響を与えたのは、これら保険料の変更の問題ばかりではない。

 あまりマスコミでは注目されていないが、政府の特別対策には「介護予防は市町村でおこなう」という一節が加えられた。「介護予防」とは、要介護状態にならないように高齢者の生活を支援することだ。要介護認定され保険の対象となるような収益のあがる分野とは違う。また「介護予防」の分野は「要介護認定」で「自立」と判定されても、状況によっては介護が必要になる人への支援など、これまで行政がおこなっていた高齢者事業の全部を含んでいる。

 こうした高齢者保健福祉事業を「ゴールドプラン」というのだが、今度はこの「介護予防対策」を盛り込んだ計画が「スーパーゴールドプラン21」と名付けられ、早くも一兆円を超える補正予算が組まれている。介護予防でのヘルパーの派遣などは「介護保険に準じて」本人が負担する分もあるが、基本的には国と自治体で財源を分ける税負担方式である。この施策がいかに機能し効果を上げうるかは、財政的にも政策的にも各自治体にとって大きな問題にならざるを得ない。

 話を前に戻すが、市町村が条例を制定する場合「法律の範囲内で」というのが憲法上の前提となる。それでも条例で、法律が対象としていないものを含めるとき「横だし」といい、法律以上の規制を加えるとき「上乗せ」といって認められている範囲がある。

 介護保険法にもとづく条例制定では、法が対象としていない配食サービスや外出援助、布団乾燥などを「横だし」でおこない、ヘルパー派遣などの回数を自治体ごとに増やしたりすることを「上乗せ」で考えるというのがいわばこれまでの焦点であった。

 この「横だし、上乗せ」なら財源は六五歳以上の被保険者負担となり、サービスは介護保険と一体で民間業者の参入が見込まれていた。ところが「介護予防は市町村で」となると、市町村が独自の高齢者福祉事業を構想しなければならない。さらに配食サービスをおこなう場合、保険業務で業者まかせで良かったものが、同じく業者に頼むのでも、今度は自治体の委託事業となり、責任も財源も市町村が引き受けることになる。

 このため、介護保険事業者である「社会福祉協議会」などは、保険業務と委託事業を使い分けてヘルパー派遣などに対応しなければならず、これまた大きな混乱のもとになっている。


デメリットばかりでない

 だが介護保険は悪いことばかりだとは私は思わない。自分達がどの程度の介護サービスを望むのかということが、どの程度の保険料を払うのかということにドライにはね返ってくるシステムに、一応はなっているからである。

 そこでは企業からNPOまでの多様な事業主体が登場し、かつ事業者に限らない「潜在的能力」が開発されうることもメリットといえるのではないか。

 福祉がビジネスとなることは、弊害もあるが一方でモノづくり中心の産業構造からの転換にはなるだろう。

 また多様な事業主体が参入したことで、一部の社会福祉法人などに限られ閉鎖的ですらあった高齢者福祉への間口が広がり、超高齢社会の到来を前に、誰もが己の問題として介護を考えるようになったということもある。

 介護の社会化によってうまれる共生と連帯が、高齢者にとっての本当の幸福や満足につながるか。これを成功させていくかどうかが、私たち地方議員の力の出しどころなのである。

「ダイオキシン類対策特別措置法」施工から半年

「ダイオキシン類対策特別措置法」施工から半年
埼玉県所沢市からの報告4


住民運動が特措法をひき出した くぬぎ山の煙は止まった

 「ダイオキシン類対策特別措置法」が成立してちょうど一年。同法施行から半年が経過した。この間、様々な議論と批判の的となった日本版「循環型社会法」をはじめ、ゴミやリサイクル・廃棄物処理に関する関連六法案が相次いで成立した。

 これらの法整備が「ダイオキシン類による汚染の防止及びその除去」に、いかほどの効力を発揮したのだろうか。ダイオキシン汚染告発の震源地であった「くぬぎ山」からのレポート。



けいたろうの議会だより  上福岡市議会議員 鈴木啓太郎
ゴミ処理の広域化を認めるべきか合併モラルハザードの形相

 「くぬぎ山」に一般ゴミの新しい最終処分場をつくる計画がもちあがっている。これにはいささか関わりが深い。というのは、二〇〇二年から、わが上福岡市は三芳町とのゴミ焼却の合同処理をすることになっていて、くぬぎ山に計画されている最終処分場は三芳町の焼却灰を埋め立てるものだからだ。

 三芳町の担当者に問い合わせると、焼却については合同で処理した後、持ち込んだゴミの分量に応じて、つまり三芳町の分だけをここに持ち込むという。現実的にそんなことは不可能だから、当面は費用負担を案分してということらしいが、いずれにせよ、私たちのゴミの一部がくぬぎ山に持ち込まれることに変わりはない。

 くぬぎ山からわずかの距離にある私たちの地域では、集中する産廃施設からのダイオキシン汚染による被害を心配していたのだが、上福岡のゴミを持ち込むとなれば、今度は一転して加害者になりかねない。

 だが、焼却灰を遠い地方へ持ち込むよりも「自区内処理」の方が妥当であるという考えもある。三芳町、上福岡市の合同処理は、そう遠くない将来に他の市町を加えて一部事務組合による広域処理に、さらに市町村合併までが検討されているのだから事態は複雑である。くぬぎ山が「自区内処理」の原則に相当するのかどうか、大いに悩まねばならないところなのだ。

 そもそも、ゴミ処理を合同でおこなう話は、ダイオキシン規制との関連で始まったものである。

 政府がダイオキシン規制法に先立ち実施したいわゆる「ガイドライン」では、一般ゴミの焼却施設を、イ)二四時間連続運転、ロ)小規模施設から広域焼却施設への転換、ハ)平成一四年以降、焼却炉の排出を新炉で〇・一ng 、既設炉(連続)で一ng以下に規制するというものであった。

 これを受けて、わが市でも広域処理が検討されてきたのだが、他の自治体との間に話はまとまらず、とりあえず、一四年度からの規制をクリアーするために、くぬぎ山にある三芳町の炉は廃止、上福岡市の炉を二四時間の連続運転に切り替え、排ガス対策の大工事をおこなって合同処理を進めるということで決着したのである。

 この問題は、昨年九月から一二月議会にかけて議論の焦点となり、上記の結論が出されたものの、広域化対策としては先延ばしになった。共産党は「自区内処理」を掲げて合同処理に反対。保守系の会派からは金銭による補償問題が取りざたされた。

 原則からいえばここで「脱焼却」とか「燃やすな」というべきなのだろうが、それだけではどうにも説得力を持ちそうにない。そこで、私は「広域化の規模が小さすぎる」という反対論を展開した。ごみ減量の努力を重ねた上で「どうしても残る最後のゴミをやむなく燃やすことは承認する」。しかし、現状で計画されている炉はそれに見合わない。欧米の水準なみに焼却炉を減らすことがガイドラインの本旨だ、と主張した。こういう議論の仕方がよいのかどうなのか、みなさんの批判を受けたいところだ。

 この問題を考えるに三つの視点を提案しよう。



ゴミ減量への視点

 ひとつは、広域処理に先立ちゴミの減量策をいかに効果的に進めることができるかという問題。もう一つは、焼却灰に含まれる有害物質の質と埋め立ての量。そして、新たな需要増となったダイオキシン対策による焼却施設の改善もしくは新設という問題である。
 ちなみに、上福岡市の場合、現有ストーカー炉をガイドライン規制に沿うものにするには、排ガス対策として「バグフィルター」の設置などが必要になるが、これが嘘みたいに高いのである。

 当初の見積もりでは総額で四〇億円という話が流れて、議員たちを震撼させた。昨年度の政府統計資料でも、都市部のゴミ処理で排ガス対策費は一四〇〇億円を突破した。これが新たな公共事業となって、おおかたは自治体の借金として背負わせられるのだからたまらない。

 これに加えて、焼却灰の溶融固化(ガス化溶融)などの対策を盛り込んだ施設はさらに価格が跳ね上がり、しかもどうやら技術は未完成である。「何でも燃やせて溶融化すれば焼却灰は無害、極少になる」というふれこみで導入を決めているところもあるが、現段階で手を出す自治体は少ない。

 となれば、焼却灰の質を改善するのにはどうすればいいのか。現段階では塩ビやプラスチックをのぞくなど分別の徹底が最善である。

 かりに、三芳町が最終処分場を作ったとして、上福岡の炉で燃やした灰が「最終処分場の維持管理基準」(ダイオキシン規制法で定められた)に見合うものになるのかどうか、現状では大いに疑問である。排ガスが規制をクリアーしても、焼却灰の質まで改善されるわけではない。自慢する話ではないが、上福岡の焼却灰は質が悪く、埼玉県の公設処理場から突き返され、やむなく手作業で二次処理を施さねばならないのが実状なのだ。こんなものをくぬぎ山に持っていくなどというのは、許されるはずがない。

 できうるならば、高額の借金であまり役に立たない焼却炉など買いたくない。結局、そのためにもゴミの減量と分別が不可欠という話になるのだが、それが市民と自治体に押しつけられる現状もおもしろくない。どうすればいいのか。大いに悩むところなのだ。

 前向きな話もある。各地で焼却場の建設規模が軒並み縮小されているのだ。住民の反対を押し切って三〇〇トン規模の炉を作るとしていた所沢市も、二三〇トンに縮小修正した。ゴミ減量と循環型社会への転換という命題は、わずかながら、私たちの社会に影響を及ぼし始めている。



くぬぎ山住民 渋木幸子さんに聞く
インタビュアー 鈴木啓太郎
~ 住民投票がまちの未来を決めた ~
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インタビューを終えて

 梅雨の晴れ間の蒸し暑い午後にくぬぎ山を訪ねたが、雑木林をくぐり抜けるとひんやりとした風がとても心地よかった。しかし、かつての産廃施設は殆どがここに居座ったままだ。時折、プラスチックを焦げ付かせたいやなにおいが漂ってきて、問題は未解決なままであることを知らしめる。

 包囲の輪は狭まってきている。くぬぎ山に限っていえば、渋木さんの言うように、人工林の保全に関して埼玉県も前向きではあるようだ。ダイオキシン類規制法もできた。しかし、曖昧さは残されたままである。量は減ったとはいえ、産廃を満載したダンプは次々と運ばれてくる。埼玉県に流入する産廃の総量に変化はない。曖昧な法規制を実効あるものにしていく、住民の監視が欠かせない。

「ダイオキシン類対策特別措置法」施行

「ダイオキシン類対策特別措置法」施行


1 渋木幸子インタビュー
若者が立ち上がってくれたこと。それがいちばんうれしかった。


 こんにちは。久しぶりにくぬぎ山にきてみると、いろいろと思い出があります。とくに、渋木さんと出会ったことが、僕がくぬぎ山に係わる大きな転機になりました。
 
 私も鈴木さんとの出会いを鮮烈に覚えています。女の人ばっかりの集まりで、男の人が一人、大きな目で私のことをにらんでいたでしょ。あなたがきて、それからたくさんの人がくぬぎ山に来るようになりました。
 
 あれから四年、事態は劇的といえるほどに変化しましたね。
 
 息子がね、お母さんはなにもしていないっていうのですよ。みんな周りの人がやってくれただけじゃないかってね。

 忘れられないのは、ダイオキシンの検査が一体八〇万円といわれたときに、摂南大の宮田先生が一三箇所、研究費で落としますといって検査をしてくれたこと。それでダイオキシン汚染が発覚しました。

 それからマスコミの力、今では小学生だってダイオキシンという言葉を知っているでしょう。当時の県の職員も味方になってくれる人がいました。「住民の方の痛みは、私の痛みです」と言って協力してくれたのです。

 すぐに飛ばされてしまいましたけれど。

 それでも本当にうれしかったのは、草の根の力が全国に私たちのことを広めてくれたことです。特に、あの11.8、若者が立ち上がって所沢をパレードした時です。ああこれで本当にダイオキシンに勝てると思ったんです。ほら、私の名刺にね、年表があるのですが、ちゃんと11,8、そして池袋の緊急パレードのことが書いてあるでしょう。

 それで日本にはなかったダイオキシンに対する規制がはじめて生まれていった。

 これは本当に画期的なことでした。
 
 くぬぎ山に大きな変化はありますか。
 
 渡り鳥がね、くぬぎ山にたくさん帰ってきているのです。先ほどカッコウの声が聞こえたでしょう。蜘蛛の巣も戻っています。九三年から九五年にかけて失われていたものが戻ってきているのです。

 淑徳大学のTくんは8回も通ってきました。最初きたときは地獄だと思ったそうです。でも今は「こんなにきれいになるとは思わなかった」といっています。淑徳大のすぐそばにあった産廃は廃止されました。周りの人はとっても喜んでいます。

 この近くの農家の頑固親父に「渋木さん、畑で深呼吸ができるよ」と言われました。「空気がきれいになったよ」って。

 最初野焼きを発見して、たまらずに告発を始めた頃は、この地に住んで二〇年間仲良くしてきた農家の人たちに「騒ぐな」と言われてずっとつらい思いをしてきたのです。「少しぐらいの灰が降ったって、肥料になるんだよ」農家の人たちはそういっていました。ダイオキシンが発覚する前の四年間に、一四回もです、車のタイヤに釘を刺されたのです。今はもうありません。農家の人たちとのつきあいも元に戻りつつあります。

 産廃業者たちも変わりました。アーバンリサイクルは、工場長が辞めてしまって閉鎖になりました。日榮もクマクラもちゃんと挨拶するようになり改善されてきています。変わらないところもありますよ。石坂産業は、テレビカメラで市民の動きを常時監視しています。
 
 渋木さんにとってこの一〇年というのは、どういう時間だったのですか。
 
 地獄ですよ。最悪です。
 
 楽しかったんじゃないのですか?
 とんでもない。九一年に告発をはじめて、九三年に県の指導で小型焼却炉が導入されたときに、私は世も末だと思って、本気で引っ越しを考えて、家を探したのです。でも私が好きなこういう山の中は全国どこに行ってもゴミとダイオキシンにまみれているでしょう。だからどこへ逃げても同じだから、ここでがんばるしかないと思ってとどまったのです。

 私は都会を離れてわざわざこういうところに住むほどだから、人間嫌い、ちっとも社交的ではないのです。自分の世界に閉じこもって、歌と音楽を聴き、絵を眺めて優雅に暮らしていたのです。この庭でバーベキューをして、ハンモックに寝ころんで喜んでいるそういう人間だったのです。だからここに訪れる人に、これはえごの花でとか、キノコがたくさんできてとか話をすると「そんな話を聞きに来たのではない」と随分怒られました。

 それでも、今では全国から、引きも切らずに相談がやってきます。最近では、荏原の工場からの汚染が発覚した藤沢市からも、去年は松江市の宍道湖で工場の電気集塵機を洗っていたところシジミが全滅したという話があって、電話が来ました。相模原からも、杉並病と闘っている人たちとも交流しています。
 
 杉並病と言えば、くぬぎ山の焼却施設も、燃やすのをやめて、中間処理に変わっていくものがあるそうですね。
 
 そうなんです。廃プラスチックを圧縮するRDFはとっても怖いです。プラスチック類を圧縮するときに可塑剤がでてしまうのです。宮田教授によれば、可塑剤を使わないプラスチックというのは殆どないのだそうですね。
 杉並病では、中枢神経をやられて皆まっすぐ歩けないようになってしまいます。今は、これらを研究している学者のみなさんと連携しながら対策を考えているところです。
 
 くぬぎ山のこれから、ということでは、渋木さんはどんなことを考えていらっしゃいますか。
 
 私がこの地に魅せられて住み始めたのは、この雑木林がすばらしいからです。ここが人工林だということはみなさんご存じでしょう。300年以上前に、川越藩主の柳沢吉保が命じて、地割りをし、植林をして、その原型のままに残っているこの武蔵野の自然はとても大切なものです。お金がほしい農家の人は、売って出ていくことを考えているけれど、この落ち葉で堆肥を作り、有機農業を成功させているすばらしい人もいます。長男坊なんかはだめですが、お婿さんで、本気になって農業経営を考えている人はちゃんとやれています。

 煙や灰がひどかった時期には私も作るのをやめていましたけれど、私の庭でたくさんの杏が採れるのです。これでジャムを作ります。今年はたくさんできるでしょう。またこの地はキノコの宝庫です。シメジ、杏子タケ、ベニドクタケ、毒タケという名前だけれど食べられるのご存じでしょう。それからアミタケ、紫シメジ。etc。

 このすばらしい地を守っていくこと。保全のためにやれることをやっていく。そんなふうに考えています。

 この土地の300年の歴史に対して、私は「新参者」でしたけれど、縁があってそこの多福寺にお墓を買ったんです。だからいまは「新参者」と言われたら、「私、多福寺にお墓がありますので・・」というのです(笑)。
 
 それはいいですね。ずいぶん変わったということなのですね。
今日はありがとうございました。



3 インタビューを終えて
 梅雨の晴れ間の蒸し暑い午後にくぬぎ山を訪ねたが、雑木林をくぐり抜けるとひんやりとした風がとても心地よかった。しかし、かつての産廃施設は殆どがここに居座ったままだ。時折、プラスチックを焦げ付かせたいやなにおいが漂ってきて、問題は未解決なままであることを知らしめる。

 包囲の輪は狭まってきている。くぬぎ山に限っていえば、渋木さんの言うように、人工林の保全に関して埼玉県も前向きではあるようだ。ダイオキシン類規制法もできた。しかし、曖昧さは残されたままである。量は減ったとはいえ、産廃を満載したダンプは次々と運ばれてくる。埼玉県に流入する産廃の総量に変化はない。曖昧な法規制を実効あるものにしていく、住民の監視が欠かせない。


4コラム「循環型社会基本法と拡大生産者責任(EPR)」
 解散前の国会で成立した「循環型社会形成推進基本法」を中軸に、ゴミリサイクル関連法が成立したが、これに研究者から批判が集中している。

 明治学院大の熊本一規氏によれば、政府はこの法律は拡大生産者責任を実施しているとしているが、それは誤りだと指摘する。拡大生産者責任(EPR=Extended Producer resposibility)とは、OECD報告書では「消費後の段階で、生産者が廃棄物に対して負う責任を指す」ことにほかならない。そのばあい責任とは、誰が物理的に処理することではなく、「処理の費用を負担する」ことだと明記されているという。

 ところが、日本の循環型社会基本法では、廃棄物処理に必要な費用を、国、自治体、事業者と市民の「四者が公平かつ適正に」分割するとされた。これでは廃棄物の処理費を生産者に負担させ、製品価格に上乗せさせることで、価格向上をおそれる企業が、設計段階から廃棄物を出さないようにするインセンティブが働かなくなってしまう。これではEPRに逆行しているばかりか、ゴミ処理の方向を決定的に誤らせるものだ、という。

 この基本法をもとに、建築廃材を始め、ゴミやリサイクルの法規が作られたが、これが有効に機能するためには本来の意味での費用負担の「公平かつ適正」な配分、つまり生産者責任をより明確にしていくための、住民の運動が問われていくことになりそうだ。

くぬぎ山から、ダイオキシン汚染を考える

くぬぎ山から、ダイオキシン汚染を考える
埼玉県所沢市からの報告1
 
 いま世界中で、さまざまな環境汚染が進行している。ここでとりあげるダイオキシンによる環境汚染も、その一つだ。

 ベトナム戦争や農薬汚染で環境のみならず、多くの人命を奪ってきた猛毒物質ダイオキシン。ここ日本でも産業廃棄物処理施設から排出されるばい煙による被害は拡大しており、地域住民が体の不調を訴えだした。産業廃棄物の集中する埼玉県所沢市では、ついにダイオキシンを規制する全国初の条例案を市議会で可決。環境庁も法的に規制する方針を固めたと伝えられている。



ダイオキシン汚染の実態に迫ってみた

 埼玉県所沢市、三芳町、川越市、大井町、狭山市がちょうど交差する通称「くぬぎ山」と呼ばれる地域がある。

 武蔵野の面影を残したこの林の中に、産業廃棄物の処理施設が急増しはじめたのは九〇年頃からである。異変に気づいた住民が再三にわたって業者と行政に改良を求めたが、まったく聞き入れられず、逆に施設はどんどん増え続けた。やむなく住民は独自に周辺土壌を調査するが、その結果全国で類例をみない高濃度のダイオキシン汚染が明らかになったのである。

 産廃施設の急増している地域は、私の住む地域から五キロほど離れており、自分の身の安全にもかかわるものだなどとは想像していなかった。せいぜい「オオタカの森」である雑木林を産廃施設から守ろうというのが、当時の私の問題意識である。そもそも、ダイオキシンの汚染濃度のng(ナノグラム=一〇億分の一グラム)とか、pg(ピコグラム=一兆分の一グラム)という単位は容易に実感できるものではないし、「人類最強の猛毒=ダイオキシン」による「ベトナム並の汚染」などの言葉は、近くにいればなおさら生活実感にそぐわないと感じていたのである。

 だが昨年夏頃から、事態の重大さが私たちの周囲にもどんどん伝わってきた。異臭がする、ゴミの山がまた大きくなっている、黒い煙が見えた等々。林からたち上る黒煙がいったん上空に舞い上がると、大きな黒い雲のようになって風に流され、周辺の地域に落ちていく。

 黒煙を追跡した人からは、みずほ台駅の周辺に落ちたのを目撃したと伝えられた。風向次第で処理施設密集地から四キロ離れた所沢航空公園周辺に降り注ぐことが多いらしく、所沢の小学校では「児童を航空公園で遊ばせないように」と通知したという。何かただならぬ問題が進行していることを捉えないわけにはいかなくなったのである。



汚染は全県、全国に拡がっていた

 「くぬぎ山」周辺の住民から要請を受けて、調査をおこなった摂南大学の宮田教授が正式にデーターを公表したのは九五年一二月。それから半年以上たって、埼玉県が重い腰を上げて調査に乗り出し、今年、三月一三日に公式の調査結果を公表した。

 発表された数値は先の住民調査に比べてはるかに「低」レベルのものだが、それでも周辺市町村の小学校や保育園を含む土壌から一〇〇~一三〇pgという高濃度のダイオキシン汚染が検出された。そればかりか汚染がすすんでいない地点のデーター比較のために採取した浦和市の県庁敷地内で、なんと四二pgの汚染が検出されたのである。はからずも、汚染はすでに全県的なレベルに広がっていることが明らかになり、埼玉県は全県で汚染調査を実施せざるを得なくなった。

 つけ加えれば、昨年全国レベルで実施された一八〇〇カ所のゴミ処理施設(一般廃棄物=家庭からの生活ゴミ)の排煙に含まれるダイオキシン調査で、厚生省が定めた「暫定基準」の一立方メートル中八〇ngを越えた施設が三月以降相次いで公表された。埼玉県でワーストワンの朝霞市の施設のひとつは二七〇ngを越えていることが明らかになり、この施設は七月までに廃止することが決まった。ただこのデーター開示をみて驚くべきなのは、ゴミ処理場の排出規制値をヨーロッパ並に〇・一ngに合わせるとすると、現存の焼却施設の大部分が廃棄される以外ないことだ。厚生省の「暫定基準」、つまり努力目標みたいなものが、ヨーロッパでの規制値と八〇〇倍も違うのである。なんだか頭がくらくらしそうな格差があるではないか。

 ダイオキシンについての説明は片山さんの論文を読んでいただくとして、押さえておきたいのは、日本は随一のダイオキシン汚染国だということである。日本人の母乳に含まれているダイオキシン濃度も、主に近郊の魚類など食物から摂取されるダイオキシン量も国際比較では軒並みトップクラスである。枯れ葉剤などで大打撃を受け、「奇形児出産」などが今でも続いているベトナムの汚染値を、すでに日本は越えたという報告もあるほどなのだ。

 ダイオキシンによる被害が国内で発生したのは「カネミ油症」(一九六八年)事件が有名だが、この場合もPCBのみが原因物質とされており、被害者の体内からダイオキシン類が検出され原因物質の疑いがもたれたのは事件発生から二〇年近くたってからである。この他に因果関係が立証された事件はなく、厚生省は「清掃工場からのダイオキシンは人体に影響しない」(一九八七年)という態度を原則的には今もって変えていない。ダイオキシンの研究者にとっても、七五種類もあるダイオキシン類の具体的な人体への影響の度合いは、十分に分かっているわけではないようだ。

 それでも欧米諸国でダイオキシンにたいするきめ細かな規制が加えられているのに比べ、これより八〇〇倍も甘い日本の厚生官僚を信用する人はいないだろう。もしかしたら、私たちはすさまじい被害の現出する直前にいるのかも知れないし、胎盤通過性があり、人間の体内に蓄積しつづけるダイオキシンは、次世代にこそもっとも大きな影響を与えるかも知れない。

 さて、では仮にそうだとして、ゴミ焼却炉の大部分を止めなければならなくなるような政策転換を私たちはなしうるのだろうか、ということを考えてみよう。

 埼玉県だけでも自治体のゴミ焼却場は六六カ所、産廃処理場は一七九、このほか病院や学校、工場などの焼却施設は数え切れないほどある。一般ゴミだけで年間二二〇万トンが焼却される。このゴミをどうするのかという問題抜きに、事態は語れないというのも正論だが、一方で、リサイクルやゴミ減量などの個人レベルの問題ではないことも確認しておくべきだろう。

 「ゴミが増え続けている現状で、炉を止めたら、街にゴミがあふれる。現在の処理方式を変えることなどできっこない」「産廃業者は委託業者にすぎず、コスト削減を企業に迫られればコストのかかる処理はやりきれない」というのは、ゴミ行政を担当している側の一致した見解だ。

 加えていえば、日本の産業構造は、海外からの資源の大量輸入と、国内での大量廃棄が可能であることによって成立する。大量廃棄を可能ならしめているゴミの焼却と埋め立て、そこから派生するダイオキシン問題を解決するためには、産業構造の変革は不可欠だ。

 ダイオキシン汚染は、現状では、将来健康被害をもたらすかも知れないといった蓋然的な予測、次世代への悪影響がもっとも懸念されるという世代間倫理の問題をはらむ。そうしたダイオキシン規制の必要性から、はたして私たちは日本の産業構造を改革するような「解決」へ向かいうるのかが今問われているのだ。
 この問題を考えていくために、もう一度、くぬぎ山に視点を移していこう。



まるで死の森だ

 産廃施設は、くぬぎ山周辺、十×五キロ程度の範囲に、現在三六業者が四八の炉を稼働して密集している。

 所沢インターの周辺が密集地の東側のはずれにあたるが、このあたりは道路に面しているので施設を見た人も多いだろう。ところがくぬぎ山周辺となると、深い森におおわれてほとんど目につかない場所なのだ。

 じつはこの地は、武蔵野に残された最後の雑木林で、都市近郊地としては秘境といえるほどに自然環境の残された森である。産廃施設が乱立する以前の雑木林の姿を知る周辺の住民にとって、現状は耐え難いほどの破壊に映る。実際そういう場所に限ってゴミ処理場がつくられていくというのも、全国に共通する問題であるのだが。

 くぬぎ山周辺の森に入っていくと、雑木林を代表する赤松が立ち枯れて無惨にも地肌をさらしているのがわかる。かつては、むせかえるような苔におおわれていた雑木林の中は、降り注ぐ焼却灰で白く濁っている。たくさんいたはずの小動物や野鳥の姿は、いまではすっかりみられなくなってしまった。わずかにヒヨドリの鳴き声がひびき、目に付くのはカラスばかりだ。

 煙を吐いている炉の回りでは、樹木が施設の回りを囲むように立ち枯れている。枯れて根元から折れてしまった倒木が林の中に広範囲に散乱している。立ち枯れの原因は、排煙中の塩化水素が主因らしいが、それこそ未処理の物質が放出されている証明にほかならない。処理施設で燃やされているのは、首都圏の建築廃材が大部分だ。建築材は新建材や塩化ビニールなどを多用するが、それらは渾然と積み上げられ、次々と炉に投げ込まれる。また、施設の周辺では野焼きが炎をあげる。すでに焼かれた後の真っ黒でどろどろした灰もショベルカーがこねくり回している。

 「ゴミを燃やすということは、様々な分解反応、合成反応が同時にすすみ、何百、何千もの物質をつくり出すことなんです。ダイオキシン以外にどんな毒性物があるかわからない。それらを全部調べるのは不可能です」と、摂南大学教授の宮田教授はいう。ダイオキシンの問題というのは、焼却の過程で生成するダイオキシン類を含め、重金属や化学物質を大量に混入する現在のゴミ焼却の危険性を象徴しているのだと捉えると、恐ろしく納得のいく話になる。

 私たちが見ている間にも炉は周期的に緑色の混じった黒煙を吹き上げ、異様な刺激臭をまき散らす。カメラを向けていると、管理者らしい人物が飛んできて「写真を撮るな!」と私たちを威嚇した。トラックの出入り用に開けられていた炉の見える位置にあったシャッターがただちに降ろされた。そこには「ゴミを減らして、リサイクル社会を」と書かれていた。
 シャッターの前でこちらを見ていたのはアラブ系の男性。ここで働いている人の大半は外国人で、多くが住み込みだという。健康被害も相当に深刻だろう。

 このようにして操業されている産廃施設が昼夜わかたず稼働しつづけ、主に東京都などから流入する年間二四〇万トン(全国平均でダントツ一位!)あまりの産業廃棄物の大部分を焼却処理しているのだ。すでに広範囲に汚染がひろがっている可能性が大きい。オオタカが脳挫傷で死んだという新聞記事もあった。水俣ではまず猫がいなくなり、ついでカラスが落ちて、次に人が発病した。事態を放置すれば、早晩、影響は周辺住民の深刻な健康被害となって現れるのは避けられないという感じがする。近隣に住む私たちも無縁だとは言い切れない。そして、それはそのまま「第二の水俣」への道かも知れないのだ。

 埼玉県の公式の調査で、一〇〇~一三〇pg/g(ピコグラム=一兆分の一グラム)のダイオキシンが小学校や保育園から検出されていることはすでに述べたが、一〇〇pg/gはドイツの基準では小児の土壌接触を防止し、土壌の入れ替えをおこなわなければならない汚染水準である。そこで遊んでいる子どもたちの健康に万が一にも弊害が表れたら、いったいだれが責任をとるのか。もっとも、先の住民調査で、施設密集地の「くぬぎ山」の雑木林の土壌は、この五倍~七倍の汚染濃度を示しているのだから、事態の深刻さは尋常ではない。



ダイオキシンを止められるか

 「止めようダイオキシン埼玉ネットワーク」(依田彦三郎代表)は三月一三日、くぬぎ山周辺の自治体で、産廃施設が乱立してきた時期と同じくして新生児(生後四週間未満)の死亡率が、県平均を一・四倍から一・七倍上回っているという調査結果を明らかにした。合わせて「ダイオキシンの影響を疑わざるを得ない」という専門家の声も紹介された。

 ダイオキシン影響調査は、全国で様々に実施されている。

 茨城県新利根村では、一九七一年に操業を開始した焼却施設の周囲一キロ以内と圏外の癌による死亡率の比較がおこなわれたが、操業から二〇年を経過して以降、一キロ圏内では癌で死亡するのが五〇%に上ったのに対し、圏外では一八%という数値の違いが表れた(『AERA』九六年四月二二日号)。癌死亡率の全国平均は二八%だから、五〇%がいかに高い数値かは分かるだろう。日の出町の第一処分場周辺、杉並区の焼却施設周辺でも同様の調査は実施され、施設との距離と年間の風向きに比例して、癌死亡率や新生児死亡が多いという同じような結果が表れているのである。

 これらを取り上げて確認したいのは、ダイオキシン被害の恐ろしさ一般ではない。焼却施設がもたらすかも知れない健康被害を察知し、国際的なレベルでの情報を取り入れ、住民自らが自らの生活の質を自衛しようとしていることだ。そういう意味での実質的な対話が積み重ねられ、そのうえで人々は環境政策にコミットしている。くぬぎ山周辺の住民の間ではこうしてダイオキシン問題に関与しようとする動きは急速に拡がり、厚生省や、県の動きを規定しつつある。

 くぬぎ山に隣接する三芳町では、三月一三日に「埼玉ネットワーク」委員長の依田彦三郎さんの講演会が開かれ、依田さんは新生児死亡の実態報告を交えて、産廃施設の規制、撤廃の必要を訴えた。

 講演会は三芳町では異例ともいえる三桁を越える参加者があふれ、また町長以下、議員や町の幹部も多数参加して熱気に満ちた集会になった。集会では依田さんの説得力ある提起に皆納得した様子だったが、その後、町当局は何の対策も講じることなく、住民から出されたダイオキシン規制を求める請願すら却下した。石坂産業など産廃の有力な資本が影響力をふるうこの町では、未だその意向を尊重する以外なかったのだろう。

 だが、これとは対極的に、所沢では市議会がダイオキシンにたいする規制条例を全国に先駆けて決議し、合わせて学校での焼却施設の使用中止をも決定するということもおこなわれている。自治体が住民の健康を考慮して独自の規制をおこなうのはまったくノーマルなことだと思うが、国の規制基準がないままで自治体が独自に規制を打ち出すのは極めて異例という。

 こうした事例をみると、産業構造に規定された行政的な「ゴミ処理」システムに、旧来の被害報償や地域エゴとは異質な、自らの健康と次世代の安全という別のパラダイムから人々が抵抗を試みている構造が浮かび上がる。植民地化された生活世界から、連帯という社会的統合の力が、「貨幣と行政権力」といったメディアとの接点でせめぎ合い、自らの要求を貫徹しようとするのだというハーバーマスの言葉が妙にぴったりくるようだ。
 富の分配といった功利主義的な土俵では、国家的な基準が明確でないダイオキシンに規制を加えるために経済合理性を台無しにする企ては、とうてい勝ち目のない議論だろう。

 しかし、人々の間に急速に拡がっている公害や健康不安に対する対処を優先しなければならない事情の方が、いまやゴミ処理の既定的なあり方を墨守しようとする勢力を次第に上回っていくようにみえる。同じ問題は、動燃の度重なる事故と、事故隠しのスキャンダルによって原子力政策にも生じている。この延長に、産業構造の転換をもかちとる契機があるのではないかとさえ私には思えるのだが、それは楽観的すぎるだろうか。 

ゴミの資源化の促進と、ゴミ排出の抑制を求める要望書

ゴミの資源化の促進と、ゴミの排出の抑制を求める要望書


上福岡市ゴミ減量化懇談会御中
上福岡市環境課御中

ゴミの資源化の促進と、ゴミ排出の抑制を求める要望書

 私たち「ゴミを考える市民の会」は、昨年六月の「容器包装に係わる分別収集及び再商品化の促進等に関する法律(容器包装リサイクル法)」の成立を受け、上福岡市でのゴミの分別収集、資源化を促進するという法制の確実な実行を求めます。

 これまで、私たちはそれぞれの団体、もしくは個人でゴミの減量や資源化に取り組んできましたが、この「容器包装リサイクル法」の実施にあたっては、各自治体の施策による影響が大きいということを知りました。そこで、消費者団体、個人が協力しあって、はばひろく市民の意見をあつめ、ゴミ行政に取り上げていただくことを目的に協議をつづけてきました。

 三月の定例市議会で、この法制の実現に関連して、新しい分別収集の方法などが論議されましたが、そこで「ゴミ減量化懇談会」に諮問をおこなう意向が明らかにされました。それを受けて私たちは意見をまとめ、ここに要望書として提出いたします。

 慎重にご審議のうえ、早期の実施をお願いいたします。
  
趣    旨
 ここに述べるゴミの資源化、抑制のための施策は、ゴミ問題解決のために緊急かつ、不可欠なものです。地球の資源が有限であることを考えると、来るべき21世紀がリサイクル社会でなければならないことついて、議論の余地はないでしょう。

 ゴミを減量化するためには、排出されたゴミを可能な限り資源化して再利用すること、またゴミにしてしまわないように再使用可能な製品化を図ることが必要です。

 しかし、市民生活に少なからぬ影響を与えるこの提案の施策を現実に実行するには、相当の困難が予測されます。そこで、あくまでも市の責任でリサイクルをおこなうという基本理念に基づき、市民との入念な懇談を大切にしたうえで、以下の具体的な施策を実施していただきたいと思います。 
 
「資源」として分別収集をおこなう品目
  「容器包装リサイクル法案」にいう10品目に布類を加えた11品目を「資源物」として扱 い、この11品目全部の分別収集、再商品化の完全実施を求めます。(11品目とは・・・ ビン3種類、・・缶2種類、・布、・PETボトル、・飲料用紙パック、・段ボール、・ その他の紙、及び・プラスチックである)なお、PETボトル以外のプラスチックについ ては、再生技術の進展をみすえて、早急に実施するようにしていただきたい。
 
「資源」の分別収集の方法

「資源の日」を各週一回程度もうける。
「資源」以外の不燃物収集は、月2回とする。
地域の格差、道路幅、収集場所の確保など地域の
実情にあわせた収集をおこなう。

 

分別収集の周知、徹底化をおこなう
広報、ならびに職員による街頭での啓蒙活動など、総合的な対策をたて実施する。
 

ゴミ袋について
危険防止と分別収集徹底化のため、ゴミ袋の透明、半透明化を推進する。
 

リサイクルセンターの建設
  リサイクルセンターはゴミの資源化、減量には不可欠。十分な施設と用地を確保し、早 期に建設してほしい。
 

ゴミ抑制のための行政指導の徹底
過剰包装の抑制
 小売店を含めて、プラスチック・トレイなどを利用した過剰包装については使用(品 目)基準を設けるなどの指導をおこなっていただきたい。

事業所、学校での紙ゴミリサイクルが十分でない現状がある。この点の徹底指導をお 願いしたい。

学校教育で新しいゴミの分別とリサイクルについての学習ができるように指導をおこ なっていただきたい。

すでに一部の大型店などで実施されている飲料用紙パック、トレイの回収指導を全大 型店、ならびにコンビニエンスストア等に対しても市の責任でおこなっていただきたい。


 
継続討議の場を設ける
 以上の施策の実施後において、市民と行政の間で分別収集についての継続的な討議がで きる場を保証していただきたい。
 

以上の要望書の内容につき、緊急な案件であることに鑑みて、7月25日までに回答を寄せられるようお願いいたします。
 

ゴミを考える市民の会
鈴木啓太郎 上福岡市上福岡2-7-7-103 66-7908


 賛同団体名

上福岡市くらしの会
上福岡さいたまコープ委員会
かみふくおか作業所
上福岡障害者自立生活センター21
コスモス会
生活クラブ生協大井、上福岡支部上福岡地区
生態系保護協会上福岡支部
新日本婦人の会上福岡支部
はこべの会
ふるさとの自然環境を考える会
リパック上福岡
  以上6/24現在
 


みなさまへのお願い

 以上を要望書(案)としてお届けします。
 この要望書に賛同団体として名を連ねていただけると幸いです。
 ご検討のうえ、お手数ですが、6/23(日)までにご連絡をお願いいたします。
 
 また、この要望書は6/25日環境課に提出する予定です。ただし、25日は議会最終日ですので予定変更の可能性があります。ご都合よろしい方はぜひ同行をお願いしますのでご連絡ください。
 その後の回答および、懇談会での審議にの経過を見て、意見の調整や検討する必要が生じたときは、会合をもてるようご連絡いたしますのでよろしくお願いいたします。


連絡先
鈴木啓太郎 66-7908
横田 充代 66-5969

第3次総合振興計画・基本構想批判

第3次総合振興計画・基本構想批判


包括的質問
将来的都市像のイメージコピー

「わたしのまち循環型社会かみふくおか」を、

当初案にあった

「みどりはぐくむ」を挿入、

「みどりはぐくむ、わたしのまち、上福岡」

に変更すべきである。
 
「循環型社会」ということばはイメージコピーにふさわしくない
 「循環型社会」は「循環型社会形成基本法」などにより、すでに法律、行政用語として明確に定義されているが、基本構想における意味の定義はそれとは違っている。法律的に定義されている方を一般的社会的通念と見なすべきで、独特の定義を与えて、イメージコピーとするような用語の使用は、誤解を生むだけでなく、使い方としても誤っている。

 法律的、行政的に確立している「循環型社会」とは、これまで廃棄物とされていたものを資源として位置づけ、その循環的な利用をおこない、もって天然資源の消費を抑制し、環境への負荷を軽減する社会のことをいう

 また言葉の意味での「循環」とは、血液の循環、景気の循環、循環鉄道など主として「物質的循環」を指すのであって、それ以外の意味に使用される場合には「堂々巡り」の意味になり、悪循環、循環論法、循環小数など、イメージ的には負=マイナスの要素を持つ用語となる。
 
 「心の循環」「知恵の循環」など意味不明である。「都市の循環」に至ってはなんのことかさっぱりわからない。仮に「必ずしも大きな成長を前提としなくても」という基本構想の用語法に従うと「発展することを望まない都市」という意味になりかねない。
 
 右肩上がりの成長を前提にしていた無制限、無制約の大量生産、大量消費社会への反省として「循環型社会」の用語が使われる場合、そこには価値観の転換を含んでいると解されるが、それはいわゆる「安定成長」「停滞社会」を甘受するライフスタイルに転換していくべきといった主張であって、「心」や「知恵」や「技能」の停滞を意味しない。むしろ物質的、経済的成長の限界を、社会もしくは個人の精神的文化的発展と成長によって越えるべしという主旨にほかならない。まして行政のおこなう街づくりの指針において「発展・成長」の方向を否定してしまうのは許されないのではないか。


 基本構想の策定に当たって、市の財政状況を明らかにし、財源の裏付けを基本構想に明らかにしていくべきである。


 財政力指数(0,76→0,737)の後退、経常収支比率の悪化(81,6→82,2)にみられるように、財務で「優等生」であった上福岡市の財力は徐々に悪化し、今年度以降「危険域」に達するという見方もある。こうした現状を省みず、基本構想・総合計画を必要性一般から構築するならば、財政放漫化を招くのは必至となる。逆に、計画段階で現実的には「財布と相談しながら決めていく」というのであれば「非現実的」な基本構想・総合計画の方に問題がある。


 施策の実現に当たって、独自財源の確保を模索する自治体が増えている。課税自主権の行使、PFIの採用、その他の方策は考えていかないのか。


 住民の願いをすべて織り込んだような総バナ的な構想にするのではなく、基本構想においても優先順位を明確化し、その考え方を明らかにすべきだ。議会での審議抜きに計画段階で、優劣を付ける旧来の方法は同意できない。


 先の総括質疑で明らかにされた市長の政策的優先順位と基本構想における考え方の提示とは明らかに異なっている。例えば第4章「社会情勢の変化に向けて」(1)~(8)は政策的優先順位なのか。なにをスクラップし、なにをビルドするのか。考え方をいうべきではないか。
 
 ・、・、・、・、・、・、・、・にすべきでは
 主要事業一覧で見る限り、都市整備に大きく配分されている。開発優先型というほかない。このような計画の配分に対する十分な説明がない。


 総合振興計画の審議会答申案は、どこまでいかされているか。とくに「計画段階からの市民参加」をめぐって、5年後に変えるつもりがあるか。計画段階からの市民参加、本市の特徴を捉えた計画づくりに切り替えていくべきである。


各論における質問
基本構想を指針として、基本計画が作られ、
基本計画に乗っ取って
予算の編成、執行がされていくという原則によれば、
基本構想にふれられていないものは、
予算の編成も執行もできないと解される。

この立場から以下の点を質問する。
 
第1節
 「児童福祉の充実」について。少子化傾向を生みだしている現状に対する危機的意識が欠如している。増え続ける保育需要に対する保育サービスの現状は満足のいく段階にないことを明記すべき。


 福祉・保健・医療計画における児童福祉、高齢者福祉、障害者、介護保険、地域福祉・健康増進などの関連と位置づけが明確でない。たとえば高齢者福祉と介護保険とは一体のものではないのか。


 ノーマライゼーション、QOLの実現などの文言がどこにもない。福祉政策の根本になるべき自立支援、尊厳の保持などの原則を盛り込むべきで、基本的な考えを示さず、高齢者、障害者、地域福祉などを別々の事柄として論ずることがおかしい。


 「在宅福祉の充実」と「施設の整備」との関連も明らかではない。


 「ボランティア団体」とは何か。旧来の措置制度の補完物としてのそれを「地域福祉の担い手」として本気で考えているのか。青少年や社会的サンクションとしての教育的処置的「ボランティア」と、地域援護体制の担い手の育成とは分けて考えるべきではないのか。
 

第2節
 余裕教室の活用は考えないのか

 教育の充実のなかに「教師の充実」は含まないのか

 社会教育の位置づけが「社会教育法」にいうそれと違っていないか。

 「青少年にとって好ましい」とはどういうことか。子供の権利条約との関連

 「文化的視点を取り入れた行政施策」とは何か

 「すぐれた芸術・文化」とは、具体的事例は

 「市民の自主的な芸術文化」とは具体的事例

 「歴史的文化遺産の保護と保全」は良いが、「史料の整理」はしないのか。
 

第3節
 減量化と資源化の優先順位は

 再利用、再生品の利用促進は課題にならないのか

 環境教育は?不法投棄は空き地、道路だけか

 水道の整備に、地下水の位置づけがない。地下水の涵養。保全を含まないのか。

 合併処理浄化槽など事業化する必要はないのか。
 

第4節
 省略(ありすぎて、困っている)
 


第5節
 市民農園的活用は考えないのか

 地場産業の育成は課題にならないのか

 障害者、高齢者の職業訓練は政策化しないのか
 

第6節
 市民参加、参画に関する位置づけがない。

 NPO育成の方針がない。

 「子供の権利条約」は?

 男女共同参画、企業市民との協働ではなく、主導すべきなのでは?

 「新たな財政需要に対処」は具体的には?もとより計画的財政運営は責務。

原発をこれ以上増やさないために「1%節電」に関する陳情

合併協議会の設置に反対する
 
市長は合併推進の理由を明らかにせず、
公開の場で論じ合うことを拒絶している
 上福岡市、富士見市、大井町、三芳町2市2町に提案された合併協議会の設置請求は、法定署名数など手続き上の合法性要件を満たしているとはいえ、何故に合併協議会設置が必要なのかという根本的な理由を明らかにしていない。
 また議会に付議するにあたり「意見を付けなければならない」武藤市長もわずかに「賛成します」という5文字をそこに添付しただけで、やはり合併協議会を求める理由について言及しようとしない。

 わが市の合併に連なる重大問題を議決するにあたって、その理由、主張の正当性の論証は当然の義務であるが、提案者も、また提案を受け入れた市長も内容にはふれず、議会という公開の場において論じ合うことを拒絶するのはいったいどうしたことか。
 このような態度は、今後も市民に開かれた議論など到底期待することができないことを示唆しており、「合併の是非を論ずる」という合併協議会の建て前をはなはだしく疑わしきものにしている。
 
 
2市2町の合併は、ふじみ野駅周辺開発の
受け皿自治体づくりとして計画された経緯を持つ
 だが明確に語られなくとも、2市2町合併が計画されてきた歴史的な経緯ははっきりしている。
 
 いうまでもなくそれは、ふじみ野駅周辺の開発事業の受け皿となる自治体の形成というコンセプトにほかならない。
こうした点で、わが2市2町の合併策は、埼玉新都心の受け皿づくりの浦和、大宮、与野合併計画や、湾岸開発プロジェクトを中心に据えて那珂港市、勝田市の合併したひたちなか市となんら変わることがない。
 
 ただし、計画当初とは様々な意味での条件の変化が生まれた。首長の変更や政治地図の変化以外にもっとも大きく計画の変更を迫ったのはバブルの崩壊であろう。これにより、巨大開発事業が一時的に沈静化せざるを得なくなったのはご承知のとおりである。だがふじみの駅が開通し、東上線急行が止まり、大きなマンション群がそれなりに活況を示してきたこんにち、合併開発策は、あらたな装いをもってわれわれの前に姿を現すことになった。
 
 それがすなわち「平成の大合併」といわれる「地方分権受け皿論」「行財政改革=市町村合併論」の装いを身につけたあらたな合併論の台頭にほかならない。これらは東入間青年会議所が提案する「みよし野田園都市構想」として、いまわれわれに、合併協議会の設置を迫ろうとしているのである。
 
新しい街が生まれることを歓迎すべきか
 ところで、このような合併すなわち大開発といった議論の展開は、いささかステレオタイプに属するものであり、常軌を逸していると思われるかも知れない。各自治体の自主的な合併の促進は地方分権推進委員会の奨励するところであり、上福岡が新しい街に生まれ変わるためにも合併は大切なプロセスではないか、というように。
 
 だがここに大きな陥穽がある。
 
 わが2市2町の合併は、地方分権の推進とは似て非なる別物であり、合併は上福岡の基礎自治体としての発展に僅かにも寄与しない。
 
特例債など合併で得られる財政は、開発事業に振り向けられ、
上福岡など周辺部には予算は回らない
 もし、万が一この合併が実現するならば、国や県から充当される特例債は、ことごとくふじみ野駅周辺の開発事業に投じられ、その巨大で空虚な中心街に比して、打ち捨てられた周辺部がそれを取り囲むという街が出現するにちがいない。
そればかりか、その巨大債務によって、バブル以後も開発中心政策をつづけた自治体が、大阪府や東京都と歩んだのと同じように、泥沼のような財政危機に落ち込むのは避けられないだろうと推察する。
 
 この結果、わがまちづくりのマスタープランや3次総はもちろん、北野大原地区の再開発などといった地域からたちあげてきた議論は水泡に帰するのであり、福祉や環境といった今日的な施策は大幅に後退することが懸念される。
 
 さて、これらの議論は、単なるキメツケであり、極論にすぎないのだろうか。
 
合併協議会は「自主的に合併を望む」
住民の意思を確認する手続きを必要としない
 本請求にある合併協議会は「合併の是非をも含めて議論する機関であるから、その中身はこれから検討されるのだ」と思われるむきがあるかも知れない。
そこで本論においては、合併特例法に基づく、協議会設置請求の合法性に対し疑義を振り向けていくことにする。
すでに法制上成立している特例法の合法性を問題にするのは、あくまで法制上の不備を指摘した上で、その問題点は何かということを共有しておきたいがためである。
 
 まず第1に指摘したいことは、95年の法改正で導入された住民発議制度は、通常地方自治法の範囲では条例改正をもとめる直接請求に適用されるにすぎない50分の1の有権者署名で発議を可能としており、自治体の存立にかかわる問題への発議としては甚だしく条件が緩い。
 
 憲法95条では、一つの団体のみに適用される特別法は「住民の投票によって過半数の同意を得る」ことを規定し、あるいは改正地方自治法76条「議会の解散請求」などリコール条項では、有権者総数3分の1以上の署名と投票による過半数以上の同意によって解散解職が確定する。
 
自治体合併は「自主的で自立的な」合併の促進を前提にしており、かつ相互の議会議決を前提にすることで、このような処置が取られているのであるが、このことはごく一部の住民の意思によって、合併が合意されかねない法制上の問題を表しているのである。
言い換えれば、市民生活を大きく変える合併問題を協議するにあたって、われわれは住民の意思を確認する手法を、通常選挙以外は持ち得ないということになる。
 
したがって、これらの欠陥を補い合併の是非を決する際には、しかるべく住民投票など住民総意の確認をおこなうべきであり、その後に禍根を残さないためにもこれらは必要不可欠な手続きとみなさねばならない。
 
合併自治体には協議会で合意された
まちづくりビジョンを遵守する義務がない
ためにバラ色のまちづくりを約束し、後で反古にすることが可能である
 第2の問題は、合併協議会後に生まれる「新」合併自治体には、協議会で合意される建設計画の遵守義務がないことである。特例法によれば、合併市町村は、議会の議決を得れば、建設計画をいかようにも変更することができるとされる。
 
ところで、合併協議における「建設計画」は、新しい自治体のビジョンとなるべきものであって、合併を合意するに不可欠でありながら、それを遵守しなくても良いということになり、合併協議会の信頼性を極めて疑わしくしている。
 
 繰り返すが、特例法では合併に際し少数の署名提出で発議され、住民の総意を確認する方法は確立されていない。さらに、かりに各議会が合意しても、新しい自治体議会は合意した建設計画を容易に変更しうるのである。
 
合併推進論は積極的な推進論を必要としない
 このような法制上の問題点が、協議会の性格を危ういものにする。
すなわち、強力で積極的な議会内少数者の反対論を別にすれば、住民の側には積極的な盛り上がりは必要とせず、消極的賛同ないし無関心が合併協議を容易にしかねない。
 
最近東入間青年会議所が発行したビラによれば、武藤市長をのぞく首長の意向は、
「時代の趨勢」(富士見市荻原市長)
「前向きに捉えたい」(大井町島田町長)
「前向きに考えていきたい」(三芳町林町長)
という驚くべき消極的態度である。
 
そこでわれわれが懸念するのは、拙速に合併協議が進行し、充分な詰めがなされず、安易な妥結に踏み込んでいくことであり、特例債による財政措置にのみ目を奪われ、これまでの各自治体の政策立案を台無しにしかねないという問題である。
 
地方分権・分権自治体づくりと2市2町の合併を混同して論じてはならない
 確かに、地方分権推進委員会の第2次勧告などにおいて自主的合併や広域行政への取り組みが奨励され、合併特例法改正に際し住民発議制度や過疎地域活性特例措置の規定拡大が盛り込まれた。
 
 しかしここで問題とされるのは、全国自治体の6割を占める人口で八千人を下回る自治体で、かつ過疎化による人口減が加速度的に進行している地域である。
 
 このような地域においては人口減少が財政規模をいちじるしく低下させ、職員数も減少するなど行政執行能力の低下も避けがたい。もちろんこのような小規模な自治体でも、自主的で自立的なまちづくりを推進し、人口減少をくい止め、産業的発展を実現しているところは全国にたくさん存在している。
このため、合併計画の存在しない空白地が18の道府県に及んでおり、必ずしも合併策は全国的に必要とされている施策ではない。
 
 さらにそうした過疎自治体への救済策としてとられている合併推進策が、上福岡市はじめ2市2町において該当しないのはいうまでもない。わが市は、少子高齢化対策を独自に展開しえないほど脆弱な、自治的能力を欠如した自治体ではない。
 
適正な自治体の規模という議論は間違っている
 これに対して、日本青年会議所の「全国339自治体への改革」といった自治体再編計画は趣を異にする。これらは、通信交通網の発達、モータリゼーションの普及に踏まえ、日常の生活圏、経済圏が拡大したという認識に立って「適正の人口規模・圏域の半径」なるものを算定し、それに見合わない自治体を合併すべしとする乱暴な主張である。
 
 これらの出典根拠は以外に古く、1970年の自治省「広域行政圏構想」、同年の建設省「地方生活圏構想」にさかのぼる。この両構想とも、それぞれ10万から40万までの人口規模、半径20~30キロの圏域を「適正」なものと想定する。しかしそれがすなわち、自治体の規模の「適正」を示すのでないのは一見して明らかである。
 
人口規模の適正な範囲などという構想は
市民の生活感覚に結びつくものではない
 地方分権の時代であるからこそ、自治体にはほんらいの「自己決定・自己責任」が認められるはずで、「それぞれの地域の実情に応じて市町村のあり方を考えることが重要であり」「すべての地域を通じた市町村の適正規模を一律に論ずることは困難であり、市町村の数をあらかじめ定めることは適当ではない」(第25次地方制度調査会答申、98年)と考えるべきで、「適正な人口規模・圏域」などという「上からの」市町村合併は、自主的で自立的な「個性豊かなまちづくり」をめざす地方分権とはまったく別物であり、両者を混同して論じてはならないのである。
 
特例債は借金がしやすくなるというだけで、いずれ付けは支払わねばならない
市民1人当たりの予算は確実に減額する
 ではさらに、合併特例債による財政的特典についても論じてみよう。
 
 合併をおこなえば、普通交付税額の算定特例期間の延長をはじめ、合併特例債など、短期中期的には合併による不足を補ってあまりある財政措置が盛り込まれている。財源に不足をかかえる各自治体にとって、これは魅力的な数値であろう。
 
 だがいかに特典が与えられるとはいえ、これらはほぼ十年間の期限付きの処置で、いくら地方交付税の充当率が高くなるといっても、それは借金がしやすくなったというだけのこと。問題は特例債の使い道となる。これについてはすでにふれたように、新市庁舎やハコもの的施設など、ふじみ野周辺に費やされる可能性がもっとも高く、市民生活が全般的に向上するとはいえない。
 
 しかも合併によって一時的に膨らんだ財政も、優遇期間が過ぎれば、交付税の減額、補助金のカットなどによって減額されていくのは必至である。また人口20万以上の特例市となるために、あらたに水質汚濁防止法、都市計画法、土地区画整理法など15の法律に基づく19項目の事務が増え経費が増大化するのはいうまでもない。こうした点からも将来的に予算規模が縮小するのは避けられないと思われる。したがって、市民1人当たりに充当する予算額は確実に減額されることになる。
 
ただ一つの財政メリットは、議員が減ることである
 唯一市民にとって財政メリットが存するといえば、4人の市長、市の幹部、議会議員、市職員の数が減るということである。しかし事務の増大とともに職員は必要になり、議員歳費の増額などでこれが経費としていかほどの削減になるかは大いに疑問としなければならない。
それでも議員が減る方がよいのだといわれれば、われわれは頭を垂れる以外ない。
 
 しかし、この点は議員諸氏に訴えたいが、議員が減ることを唯一のメリットとする合併に賛同するなどという選択はおのれの存在を低め、辱めるものではないだろうか。市議会議員として市政の発展にかかわってきたと自負する者の矜持にかけて、このような合併策は認めてはならない。
 
「みよし野田園都市」構想は何が間違っているか
 つぎに住民発議の中心事務局であった「東入間青年会議所」が提案する「みよし野田園都市」構想についてみていく。
 
 同会議所が発行するパンフレットによれば、「みよし野田園都市」は「農と食が同居するマチ」であり両者を結ぶ「商というコミニケーション」が設定されるなど共感できる部分もあり、また、三富農業の保全や、新河岸川自然公園構想など肯首しうる多くの提案が含まれている。そこで新しいまちづくりをはじめよう、消防、警察、医師会など、これほどの広域行政の既成事実があるのだから、なぜ行政だけが分離するのか、という問いかけには一見説得力があるように見受けられる。
 
 だが、先にも述べたように、自治体行政の領域には広域事業になじまない数多くの業務が存在する。これらの多くは都市問題としてに派生する社会的弱者の救済という問題である。
弱者は特別な存在ではない。都市生活ではだれもが社会的弱者になりうるからこそ、安全保障を社会的に整備しなければならないのである。
 
 それは住宅政策、生活道路などの問題でいえば、都市計画や土地利用規制への住民の意見反映、行政サービスに対する住民の苦情処理、地域的ニーズに応じた予算の編成といった事業であり、保健福祉でいえば、介護や医療の住民サービス、ヘルパー派遣や相談業務、小型デイサービスやグループホームのたち上げといった今日的課題である。これらは、きめの細かい現場でのやりとりや実態調査の末具体化されていくのであって、広域的に事業化すればよいとはならない。
 
きめの細かい、地域からたちあげる事業が必要とされている
 「地域的ニーズ」を政策化し「だれもが安心して心地よく住める」マチにしていくことが福祉の課題に他ならない。福祉の基礎構造改革論議の中で用いられている理念は「個人の自立した生活を総合的に支援するための地域福祉の充実」であり、こうした考え方が介護保険などでめざされているのはいうまでもない。そうであるからこそ、介護保険法は各市町村に独自の策定委員会を設けさせ、その地域的課題と住民ニーズに即した政策立案を義務づけているのである。
 
 また同パンフレットが「お金があるならば、段差のないマチづくりに着手すべき」など、同会議所が批判するばらまき福祉や、ハコもの福祉とまったく同レベルで福祉的施策を論じているように、いささかも「福祉の本質を捉えていない」ことは明らかであって、同会議所はこうした点をこそ批判的に省みるべきである。
 
 さらに同パンフが、合併は「大きなビジネスチャンス」などと表しているように、地域の商業的発展という、市民生活総体からみれば、それだけでは一面的な利益の強調に終始しており、このような観点から開示される「みよし野田園都市構想」は社会的弱者に注がれるべき視点を切り捨てた「強者」の観点から、広域行政・合併推進を論じているのであって、これらが到底市民的合意をなしうるものでないのは明らかだと思われる。
 
以上述べた視点から、2市2町の合併には賛同できず、
よって協議会設置にも賛成することはできない
 自治体合併の経験を持つ富士見市に対し、上福岡、大井、三芳はそれぞれ独自の自治体として発展を遂げた歴史を持つ。これらは埼玉県政の中でも誇るべき歴史であり、合併などという無駄なエネルギーを費やす必要はない。相互に協力し合い、切磋琢磨していくことで良いではないだろうか。拙速な合併策は道を誤るだけである。
 
 (12月17日上福岡市議会本会議で反対討論時にほぼ全文を朗読。その後、反対8、賛成15-保守系会派・公明-で合併協議会設置に議会が同意を採決した。)

 

上福岡市の水の話(シリーズ第3回)


 
~上福岡の水の話(シリーズ第3回)~
 
岩木英二と上福岡市民連合NO.76に掲載
1994.10.15
 
 
上福岡浄水場はこんなとこ
 先日、上福岡の浄水場を見学させていただいた。飲み水の安定した供給のために、二十四時間体制で勤務しておられる職員、スタッフの方には頭が下がる思いがした。
 上福岡の浄水場でいちばん大変なのは、県から送られてくる「県水」(荒川の水をくみ上げ、大久保浄水場で飲み水にしたもの)の量が毎日きっちりと決められていて、機械的に送られてくるのにたいし、使う側はその時々で多かったり、少なかったりすることにあるようだ。
 雨が続いたあとの晴れの日には一斉に洗濯や風呂の使用量が増えるし、盆や正月ともなれば工場がストップして使用量がぐんと減るということが起きる。上福岡では県水のほかに市内五つの深井戸からくみ上げている地下水をブレンドして市民に供給しているのだが、限られた施設を使って、日量の決まっている県水と市の地下水をあれこれ調整しながら市民に送りつづけるのである。水が足りなくなっても大変だが、余ってあふれたらなお大変だ。人が使う水の量は予測どおりというわけにはいかないのだろう。職員の方はデーターを見つめながら、気の抜けない毎日を送っている様子だった。
 浄水場というと、大きな設備で近代的なイメージなのだが、そこで働く人の苦労は、なかなか人間的な感じがしたのである。
 
地下水はおいしい
 この浄水場の見学の折り、たいへん興味深い実験をさせてもらった。職員の方が三種類の器に、それぞれ県水、地下水、双方をブレンドしてある上福岡の水道水を入れ、「おいしい順に並べてみてください」というのである。
 同行した人のうち、若い十代の青年は「おれ水なんか飲んだことねーからなあ」と戸惑っていたが、それでも六人中、五人の答えはぴったりと一致した。「おいしい」と感じた方から地下水、ブレンド水、県水の順である。飲み比べてその明快さに驚いたほどである。上福岡の地下水がいかに貴重なものであるかを、改めて教えられたようであった。
 地下水というと「何のことやら」と思う人でも、井戸水といえば馴染みのある感じを抱くだろう。上福岡の水は以前は井戸水だけを使っていた時代があった。いや、ちょっと前まで日本の大部分が井戸水を主要な飲み水にしていたのである。
 
地盤沈下は大丈夫か
 ところが、井戸水に汚染がひろがる。地盤沈下という公害が生まれる。主にはこの二つの理由で、井戸水は河川水に切り換えるべしという政策が進められてきた。
 まず、地盤沈下の問題を考えてみよう。雨が降って、それが地下に浸透して地下水になる。地下水は川のように流れているのではなく、土壌が水分を含んだ状態だから、その適量を越えて水をくみ上げれば、粘土層の脆弱部分が収縮して地盤沈下となる。しかし、地下水が滋養されていく適量を越えなければ、それは有効な資源として半永久的に使えるわけである。
 地下水の汲み上げがある程度制限された結果、すでに東京都などでは、地盤沈下は緩慢、沈静化しつつあるという。飲み水に必要な程度の量ならば、その大部分を地下水に依存しても地盤沈下は進行しない、そんな見方を示す研究者が増えてきた。おいしく、きれいな地下水は飲み水にして、水をたくさん使う工業、農業用水に河川水を回していこうという考え方である。

 
地下水の安全性は
 安全性はどうか。上福岡の地下水が水道水基準に低触してきたのは、硝酸性窒素、亜硝酸性窒素の含有量がわずかに基準値を越えたという点である。埼玉県西部にも広がっている有機溶剤のトリクロロエチレンなどの汚染物質は、さいさい上福岡の地下水からは基準値を上回って検出されてはいない。
 それはともかく、これらの地下水の汚染を浄化する技術はわりと簡単で、コスト的にも安く済むそうだ。上野台団地は、住民に地下水を供給しつづけているが、そこでは亜硝酸性窒素の除去装置が活躍している。上野台二千世帯分の水を確保するこの装置は、工事費を含めて数千万円ほどだそうである。莫大な税金をつぎ込んだ巨大ダムから流れ落ちる荒川の水を浄化し、トリハロメタンなどの問題を含んだコストの高い県水よりも、おいしく、安く、安全な水という点で地下水の優勢は明らかである。それなのに上福岡市は将来上野台団地にも、市の水道を導入する計画を持っているままだ。地下水を守っていくための議論は今後ますます大切なものになりそうである。
 
江川にムサシトミヨを
 上福岡を流れる江川は、大部分が暗渠になりコンクリートで蓋をされてしまった。わずかに駒林周辺で流れが見られるが、そこを良く見ると、所々でボコボコと湧き水がでているのがわかる。五月に行われた「水からの速達」上映の際のシンポジウムで、生態系保護協会の野沢裕司さんが、この湧き水を利用して上福岡の在来魚であるムサシトミヨを繁殖させようと呼びかけていた。この計画を実現するにあたって、水質や環境などの調査はこれからだそうだが、なんだか夢のある話ではないか。これも地下水を有効に利用する未来的な方法の一つといえるだろう。キチンと整備されて蓋をした江川と、自然の湧き水を生かした江川と、皆さんどちらが好ましいと思いますか。
 (第三回終了)

上福岡市の水の話(シリーズ第2回)


 
~上福岡の水の話(シリーズ第2回)~

岩木英二と上福岡市民連合NO.75に掲載
1994.6.25
 
三月、水道水に異臭が発生
市民連合に市民から通報
 

 「上福岡の水の話」第一回を載せた当紙前号の発行後、私たち市民連合には水にまつわる様々な意見、報告がたくさん寄せられた。その中から今回は大原に住むKさん(男性)からの電話を紹介しておきたい。
 それは次ぎのような内容だった。
 「三月十日前後、水道水に異臭がするようになり、それが三日ほど続いた。とても飲めない状態だったので市の水道課に問い合わせたが、当初は要領の得ない返答しかもらえなかった。その後、同じ訴えが何件かあり、どうやらそれは大久保浄水場の電気事故によるものらしいと水道課から説明をうけた。真偽のほどを確かめてくれないか。」
 そこでさっそく (といっても四月中旬なのだが)大久保浄水場に出向いたついでにこの問題について聞いてみることにした。
 「この近代的管理の行き届いた浄水場で電気事故なんて・・・。」
 最初に質問を受けつけてくれた担当官は訝しげな様子だったが、水質を受け持つ担当の技術者がでてきて事態について説明をしてくれた。
 「たしかに三月は二回ほど停電事故が発生しました。そのため配水が一時ストップし、配水管中のスラッジ(水垢)が流れたと思われます。水道水の異臭はそのためのもので危険性はありません。」
 正直なところ、私たちの仲間で三月十日前後の水道水の異変に気づいた人はいなかったし、また大原の人からの訴えしか聞いていないので、もっと小さな範囲での事故かなとも思っていた。ところが実際の事故の影響は、大久保浄水場の配水域全体(なんと埼玉県内十九の自治体)にもおよぶものだった。
 浄水場では「危険性はない」というが、Kさんは「飲めない状態」といっている。
 サンプルを採取していたわけではないので、その「安全」の度合いを今では確かめようがないが、巨大設備のもたらす事故の恐ろしさを感じないわけにはいかない。
 「人の生命にかかわる問題でしょう。事故に対する防災システムはどうなっているのでしょう。市民への通報義務みたいなものはないのでしょうか。いったいだれが安全を保証するのでしょう。」
 Kさんはこのように憤っていた。Kさんとは電話のやり取りだけだったが、このことばは今でも耳に残っている。

  
大久保浄水場ではいつでも見学を受け付けている
 
上福岡市の水道水
ドイツの基準値を上回る

 あんまり重箱の隅をつつくようなことは言いたくないのだが、一方的に「安全」が強調されているので、少しは文句を付けておくべきだと思う。もちろんそれは、飲み水の安全のために努力されている市の水道部を揶揄したいからではない。その水を飲んでいる多くの人に関心を失って欲しくないからである。
 四月一日発行の市報「かみふくおか」に新水質基準による二月九日の水質検査報告が公表され「すべて水質基準値内」で「安全でキレイな水」とある。市報に載っていたのは、第七児童館外水道の水質検査結果であると思われるが、この検査の一年分の記録(九三年五月から今年三月まで)を岩木議員に調査していただき、いろいろなことが明らかになった。
 ここではとくに、新水質基準内で問題となる発癌性物質トリハロメタンの検査についてふれておきたい。その検査記録は六回あるのだが、その内市報に載った検査結果では総トリハロメタンは0.0167mg/リットル という数値になっている。じつはこれは六回の検査のうち、低い方から二番目である。これだけでも、市報をつくったひとはズルイと思う。それに対していちばん多いときは、九三年九月十三日の検査で0.029mg/リットル、次が0.0247mg/リットル となっている。
 日本の新水質基準では総トリハロメタンの規制値は0.1mg/リットル 以下だから、その意味では何ら問題がないと言えるのだが、この基準設定には専門家から様々な疑問が指摘されている。たとえば、ドイツの総トリハロメタンの規制値は0.025mg/リットルである。だから、私たちの飲んでいる上福岡の水道水は、昨年九月十三日にドイツの規制値を上回り、今年三月の場合でギリギリの数値となっていることになる。ドイツ人と日本人では発癌率が四倍も。とかをこれを決めたお役人に聞いてみたくなるが、そんな不毛な論争はここでは無用だろう。私たちの飲む側にとって、余計な化学物質は少ない方がいいに決まっている。 

「水からの速達」上映実主催のシンポジウム
50余の市民が熱い討論をおこなった

 
「安全」を踏みにじるゼネコン
5・28シンポの意味したもの
 

 さて細かい数字でうんざりしましたか。飲み水は百%「安全」ではないということ、規制基準そのものにも問題があるということは、ここからも明らかだろう。また情報を独占した一部の「専門家」や行政に「安全」をお任せしても、当局者にとって都合のいい情報操作しか期待できないのが現実ではないだろうか。
 ではどうするのか。家庭用浄水器などによる自衛もいいだろうが、やはり私たちが監視の目を緩めないことが肝心ではないのか、と思う。
 消費者運動での添加物の問題や、原発なども同じかもしれないが、特に水道は、巨大ダムにはじまり、浄水場や、延びきった配水管、さらに末端の水道設備や公共下水に至るまで、すべからくゼネコンと政治家の利権、汚職にまみれていて、「安全」などというと、そこから巨大な圧力がつぶしにかかるようになっている。それを利用する人の健康や命などそっちのけで、利益を追求する、利権に群がる、そういう構造がつくられている。
 わたしたちの街に水を供することを名目のひとつにして、荒川水域に幾つものダムが計画され(そしてかけがえのない自然をつぶし)、かつ、それが土曜会談合の舞台になったのは、その典型的実例である。この人たちにとって大切なのは「もうけ話」であって、明らかに飲み水の「安全」などではない。いまこうした構造を突き崩していくためにも、私たちが声を上げていくことは大切なのだ。
 そのような試みの一つとして、本紙面にも、参加した仲間の感想文を寄せていただいたが、五月二十八日の「水からの速達」上映ならびに「上福岡の川、水、ゴミ」と題したシンポジウム(主催、同実行委員会)は大きな成功だった。「水からの速達」に映し出された、巨大最終処分場の建設に抵抗する日の出町の人々の奮闘は、わたしたちの思いに通じるものがあった。また市内で様々に消費者運動や環境問題に取り組んでいる場を持ったことの意味は大きいと思う。こうした試みを続けながら、他ならぬ私たちの水への、私たちの関心を高めていこう。
 (シリーズ第三回「地下水の可能性」につづく)

上福岡市の水の話(シリーズ第1回)


 
~上福岡の水の話(シリーズ第1回)~

岩木英二と上福岡市民連合NO.74に掲載
1994.3.15
水びたしになった荒川河川敷のゴルフ場
この水が大久保浄水場で取水され
上福岡の水になる。

 
 水が「まずい」といわれて久しい。
いまは公共水道に期待する人は少なく、ミネラル・ウォーターや家庭用浄水器を利用する人が増えているようだ。そこには、発ガン性物質トリハロメタン(注)への自衛の意味もあるのだろう。このまま水はまずく、汚れていく一方なのだろうか。このシリーズの連載をつうじ、私達が常日頃飲み利用する上福岡の「水」に焦点をあて、その問題点や、取り得る対策も含め、みなさんと一緒に考える機会にしたい。
 

改善されない河川の汚染

 
 小選挙区の導入など問題の多かった細川政権の臨時国会で、もうひとつ注目すべき問題があった。二月六日付け朝日の「国民不在の役所の水争い」と題した解説記事によると、公共水道のもとになる河川の汚染を解決するとして厚生省が一年がかりで準備した「水道原水水質保全法案」が、なんと公共水道を所管する環境庁の横やりで、結局フロシキを広げただけで終ってしまったとある。
 当初の厚生省案では、取水地点の上流を規制区域にし、工場排水の規制、農薬の制限、合併処理浄化層の設置義務化など、旧来の姿勢からみれば「壮大」ともいえる汚染対策を盛り込んでいた。ところが「規制緩和の風潮にそぐわない」などの各省庁の意見が寄せられ、当初案は大きく後退、規制内容は骨抜きになって、国会での継続審議に回されるはめになったという。
 役所の「水争い」の是非についてはここではふれない。しかし、確実にいえることは、今もまた進行している河川の汚染に、政府は何らかの歯止めを加えることもできなかったということであり、その結果、水道の水はますます「まずく」なる一方だということなのである。
 

上福岡の水の経路をみてみよう

 
 じつは、このことは私達の飲み水に大きく関連している。上福岡の水は市内の五ヶ所の井戸から供給される地下水と、荒川大久保浄水場(治水橋下流)から供給される「県水」のブレンドである。通常地下水三、県水七の割合で上福岡浄水場の配水池にいったん集められ、塩素処理の後、給水塔からの自然流下で各家庭に供給されている。
 例外は上野台団地で、ここだけは百%地下水を亜硝酸酸性窒素の除去を施して供している。このため上野台の水ははっきりいって「うまい」のである。つまり上福岡の地下水は「うまい」というわけだ。
 ところが、大久保浄水場からの「県水」は「まずい」といわれている。飲んだ人の話では県水だけの百%の水というのは「飲めた代物ではない」そうだ。上福岡市の場合、地下水とブレンドしているのでなんとか水準を保っているというのが実情なのである。このことは、治水橋辺りの荒川をみればよくわかる。汚染の進行するこの川の水がとてもうまそうだとは思えない。

  
拡張されるか、上福岡浄水場
 
県水の増加=そして水はまずくなる
 ところで、上福岡市水道審議会が昨年十二月に答申した「第三期水道事業拡張事業計画(案)」によると、H18年度を目標年次に給水量の大幅な増加(一日平均最大量で30%強)を計画していることが明らかになった。この計画には地下水の滋養育成は含まれておらず、水道水の増加は県水の増加で賄う以外ないのであるから、計画が実現されれば地下水に対する県水のブレンド率が高まることになる。と、どうなるか。
 「うまい」地下水に対して「まずい」県水の割合が増え、その結果、ますます水は「まずく」なることが予測されるのである。
 「H18年度ではまだ先の話」などと思うなかれ、現在の施設は夏期の需要に耐えるのが手一杯。厚生省の認可が取れれば、H七年度にも配水池や、給水塔の建て替えが始まろうとしているのである。いま、水の問題を考えるに重要な時期を迎えている。(第1回 終了)
 
 
(注)トリハロメタンってなんだ
河川水を水源とする水道浄水場では通常浄水操作の前後に塩素を注入する。このとき塩素と水道水中の汚れが反応してできる厄介な物質がトリハロメタン。発ガン性は1974年アメリカで発表された。水道水中のクロロホルムほか三種類のトリハロメタン化合物を総称して言う。家庭用浄水器には取り除く性能を持つものもあるが、持続性は疑問視されている。
 
栃木県葛生町の「水騒動」
2月18日、葛生町の水源地である産業廃棄物処分場に廃棄物を運びいれる
ダンプカーを阻止する住民。住民の要求は「飲み水を守れ」というもの。
 

命と水を考える

命と水を考える
生活クラブ生協大井・上福岡準備支部
 
水がちっともおいしくない。そう感じたことはありませんか。
 
 それから、水質への不安。
ミネラルウォーターを使ったり、浄水器をつけている家庭も増えているようです。
 
そして、夏になると必ずやってくる水不足。
 こんな水をめぐる問題から、どこかで水道のやり方が間違っているのでは?
そんな疑問がわいても不思議ではありません。
 
そこで今回、私たちは、水をめぐる問題をテーマに取り上げることにしました。

 
 
「水生産」工場=大久保浄水場
 
私たちの地域(埼玉県西部)の水道水の約7割は、浦和にある県営の大久保浄水場で荒川の水を汲み上げたものが供給されています。残り3割は上福岡市内で汲み上げる自前の地下水です。
 
 まず私たちは、大久保浄水場を訪ねました。ここを見学して最初に気づいたことは、水は「加工品」で、浄水場という工場で生産されていることです。浄水場の係りの方も「水生産」という言葉を使っていました。そして、荒川のような河川の水のことを「表流水」といいます。
 この表流水を使う水生産と、水源地の山奥につくられるダムは、じつはひとつのものです。ダムで水をせき止めて、一定の量を下流に流し、その水で水道水をつくります。そして使われて汚れた水は、また川に戻されます。これは小学生でも知っている常識なのだそうです。(4年生で勉強します。)
 
 しかし、このごく常識的な、ダム─浄水場による水生産のシステムそのものを、見直すべきではないのか。水についての調査を進めると、そんな考えが、私たちの中には浮かんできました。
 
 ダムをつくるには、ばく大な資金が必要です。大がかりな土木工事をやり、巨大な設備を次々とつくって、「水」は私たちに供給されています。水の生産に必要な、ダムや設備費用、さらに下水処理施設まで含めれば、大部分が税金でまかなわれているので、私たちが「水道料金」として負担している以上に水の値段は高いのです。
 
 お世辞にも、きれいとはいえない荒川下流域の水を、わずか6時間で飲み水に変えてしまう浄水場の急速濾過システム。たくさんの薬品や、塩素を使う浄化システムにも問題点が指摘されています。
 また、大久保浄水場では、一人が毎日390・を使うという計算で、水の供給量を考えているそうですが、そんなにたくさんの水を使う私たちの生活も、見直しが必要かも知れません。
  
都幾川に大野ダムは必要か
 
 埼玉県などが供給対象となる利根川、荒川水系には「水資源開発計画」(フルプラン)というのがあって、現在30カ所でダムなどの水源設備が準備されています。このうち、私たちの地域にもっとも近いのが、都幾川に計画されている大野ダムです。私たちは5月の終わりに、このダムの予定地を訪ねてみました。
 
 計画では、122億円の税金をつぎ込んで建設される大野ダムが作り出す水道水の量は、毎秒0.035立方メートル。一日に直すと3000トン。これでは県民一人あたりコップ2杯分にもならない量で、井戸を一本掘れば足りてしまう量だそうです。
 
 私たちはダム計画で水没してしまう沢筋に降りてみました。
 そこには豊かな自然が残っていて、貴重な動植物が生息していました。
 沢の水はたいへんきれい。流れから石を取り上げてみると、カワゲラや蜻蛉(かげろう)の幼虫がはげしく動きます。地元の人に、この水を使った「うどん」と「地ビール」をごちそうしていただきました。そのおいしかったこと。
 そして、このような自然を壊してまでダムをつくる必要があるとは、とうてい私たちには思えなかったのです。
 
 アメリカでダム建設を進めてきた内務省開拓局の前総裁ダニエル・ビアードさんは、総裁時代に「ダム建設の時代は終わった」と発言しています。ダムによる水生産をやめ、広葉樹を保護して山の保水力を高めるなど、自然の力を利用した保水事業を選択するというのが世界の傾向なのだそうです。
 
水質よく、おいしい、地下水
 
 つぎに水道水の3割をしめる地下水の話をしましょう。
 
 私たちの地下水は、30年近くかけて地下200メートル以上に浸透した「深井戸」から取水します。
 そのおいしさ、水質の良さは文句なく水道関係者が認めるところ。上福岡の上野台団地ではいまなお100%地下水が使われていて、夏冷たく冬暖かく、そしておいしい、良質な水が使われています。なぜこれがもっと利用できないのでしょうか。
 
 一つは、地下水の利用しすぎは地盤沈下を引き起こすということがあります。しかし工業用水などの野放しの揚水が規制された結果、地盤沈下は現在は沈静化してきています。使いすぎないことで地盤沈下の抑制は可能なのです。
 
 ところで、上福岡周辺の市町では、工業用の地下水の揚水は自主的な努力で徐々に縮小してきていますが、上福岡の3つの工場では、市が飲み水として県から買う水の量と、ほぼ同じ量の地下水を工業用に使ってしまいます。
 
 図で見比べていただきたいのですが、近隣では、上福岡市内の工業揚水量は、工場が立ち並ぶ狭山市、川越市などと比べても格段に多いことがわかります。この地下水を飲み水に回して、県水を工業用に使えば、水道はおいしく、安いものになるはずです。
 
 地下水の汚染は心配ないのでしょうか。
 
 上福岡の地下水汚染で、問題になっているのは、地下水中の硝酸性窒素の含有量が水道水質基準の10ppmを越えているといわれるものです。硝酸性窒素の発生源には、畜産の屎尿、生活排水の地下浸透なども考えられますが、化学肥料(窒素)を大量に使う露地野菜、お茶畑などでの肥料の過剰使用が第一の原因と見られています。作物が吸収しない余分な窒素分が、硝酸性窒素となって、雨にとけ込み、地下水に混じっていくのです。
 
 汲み上げた地下水からこの汚染を取り除くことは技術的にはむずかしくありません。実際に上野団地ではイオン交換樹脂を用いた硝酸性窒素の除去装置が使われていますし、上福岡の水道事業全体でも同装置の設置が計画されています。
 
 しかし、地下水汚染は、人為的な公害なのですから、肝心なことは汚染源を取り除くことです。
 
 岐阜県の各務原(かがみはら)市では、化学肥料の削減により、汚染をくい止めたという成功例があります。また農薬や化学肥料を使わない有機栽培農家の周辺では、窒素濃度が低くなったという報告もあります。まずはきちんとした調査をして、汚染源を特定することが先決ですが、そのうえで化学肥料の過剰使用を削減したり、有機栽培を拡大するなど、汚染源を取り除くためにやれることはたくさんあるのです。
 雨水を下水や川に流さず、地下に浸透させるなどの人工涵養策をとっていくことも、地下水を保全するうえで欠かせないことです。
 
身近な川の再生を
 
 ダムをなくしたり、地下水の利用を考えるというのは途方もない話ですから、現実味がないように思えたかも知れませんね。
 
 そこで、水の問題を考えるうえで、私たちにもっと身近な問題をいくつか提案したいと思います。
 まず、川の環境をよくすることです。川の水は、飲み水となって私たちのところに戻ってくるのですから、水辺の環境を守ることはなにより大切です。
 
 私たちは、生態系保護協会の方に案内をお願いして、上福岡の新河岸川を散策しました。川の両側にある水際の草が、今年は刈られずに残されていました。この「草を刈らないで残す」のは、そこを隠れ家にしたたくさんの生き物を保護することにつながるのだそうです。これは今年から実施されたことです。
 
 ほんの30年ほど前まで、川は子どもたちの遊び場でした。生活排水の垂れ流しが続いて、どぶ川になって、いつしか川は私たちの記憶からも遠ざかっていきました。しかし、今でも川には、渡り鳥もくれば、昆虫や、貴重な植物が息づいています。この川を守ることは、私たちの水を守ることではないでしょうか。
 
 私たちは昨年から、大井町から富士見市に流れる砂川堀、同じく上福岡に流れる江川、それらの流れ込む新河岸川で自前の水質調査をおこなっています。ここで皆さんに報告しておきたいのは、江川の上流域と下流域を調査すると、下流の方が水質がよいという結果がでていることです。じつは、この中間に希にみる湧水群があって、上流の汚水を希釈してしまうためにこういうことがおきているのです。
 
 この地下水を汲み上げて池を作り、ビオトープ(人工化しない自然公園)を育てる努力をしている人たちがいます。いつのまにか池にはメダカが泳ぎだし、それをねらう白鷺(しらさぎ)やカワセミが姿を見せました。昨年の夏、はじめてそこには自然の(養殖ではない)ホタルがやってきました。
 
合成洗剤による汚染の問題を考える
 
 もう一つの提案は、合成洗剤の使用をやめるということです。
 
 水の問題を取り上げるとき、川の水が汚れているのは、生活排水だという声を聞きます。米のとぎ汁や、味噌汁、てんぷら油を流すと風呂桶何倍分の水で薄めないと魚が住めないという言い方をします。しかし、この言い方は少し変です。これらは生物の餌になるし、決して毒ではありません。
 仮に魚を飼育している20・の水槽に米のとぎ汁1・を流し込んだとしてみましょう。米のとぎ汁で魚は死にませんが、合成洗剤を10・も流せば魚は死んでしまいます。台所でゴキブリに合成洗剤をかけて死んでしまったのを見た人は多いでしょう。
 
 家庭の排水が環境悪化の原因であるような言い方は(ゴミでも同じです)、一面ではあたっていても、どこかで行政の責任を逃れようとするにおいを感じます。
 
 合成洗剤に使われる界面活性剤は、石けんと違い環境中で分解されにくく、毒性を保ちつづけるということがはっきりしています。先ほどは化学肥料の問題を取り上げましたが、農薬や、合成洗剤などの毒物と、そうでないものの違いを踏まえていくことが大切ではないでしょうか。
 
 大久保浄水場見学の際、汚染の問題が話題になったときに「合成洗剤による汚染はどうなのですか」という質問をしてみました。これについて、係りの方は「非イオン系の界面活性剤(いわゆるコンパクト洗剤、合成洗剤の5割がこれにあたる)については規制基準がなく、野放しの状態」と認めていました。
 
 飯能市では水道水に界面活性剤が混入して、風呂桶に水をくむと泡立つというような事例も報告されています。つまり自然分解のむずかしいこれらの毒性物が、私たちの飲み水になるというようなことが現実におきているわけです。
 
 ところで、「家庭用の浄水器があれば安心」と思っていらっしゃるでしょうか。それは決して万全でなく、法外な値段が付いている場合が多いということもつけ加えておきましょう。
 
 土壌に染み込む農薬や、化学肥料が取り除かれ、合成洗剤のような毒性物が、川や海に流れ込まなくなれば、自然はまた生命力を取り戻していくことができるかも知れません。それは川や海がきれいになり、多くの生命をはぐくむことができるようになるということでもあります。
 
 そんな命の水のために、せめて合成洗剤の使用をやめることを、今後も私たちは提案しつづけていきたいと考えています。
 
 
 
メダカが泳ぎ出すとカワセミも姿を見せた
 
新河岸川支流、不老川に流れ込む生活排水
 
豊富な水量をもつ江川の湧き水

 



議会記録(1999.6〜2003.3)

鈴木けいたろうの発言集


平成11年6月~平成15年3月まで

マークのあるところは具体的な施策となった(実現した)ものです。

平成15年3月 定例会
総括質疑 上福岡市開発行為等事前協議に基づく協力金の要綱の廃止
教育予算の問題について
一般質問
(再質問)
(再々質問)
環境基本計画
ごみの減量化
緑の基本計画
障害者支援費の問題
上野台保育園の問題
児童館の問題
子ども読書の日
フロンティアスクール
学校評議員会
討論 市有財産処分及び所得審査委員会の設置に関する条例を廃止することについて反対
上福岡市公共施設整備基金条例の一部を改正する条例に反対
上福岡市市街地再開発基金条例の一部を改正する条例に反対
一般会計組み替え動議に賛成
平成15年度一般会計予算案に反対
イラク戦争反対意見書に賛成
平成14年12月 定例会
三芳町とのゴミ共同処理をはじめるにあたって協定書の議決をめぐる質疑
総括質疑 国有地取得前に工事がはじまっている!
子どものあそび場の確保について教育長の考えは?
ダイオキシン対策はどうなっていくのか?
一般質問
(再質問)
(再々質問)
情報公開について
住宅市街地整備総合支援計画
公園や道路の建設と市民参加について
上野台保育園建て替えの問題
さいたま市立下落合団地保育園の視察報告
大田区立矢口保育園の視察報告
足立区立竹の塚保育園の視察報告
保育園PTAの電話調査について
児童館について
禁煙対策
討論 補正予算に賛成
第11号議案 富士見市・上福岡市・大井町・三芳町の早期合併に関する決議について
 ・提案者 細井地久議員との論戦
平成14年 9月 定例会
総括質疑  旧2小の国有地所得、教育相談室をめぐって
一般質問
(再質問)
(再々質問)
屋上緑化について
上野台保育園公団住宅との合築問題について
学校給食について
男女共生の問題について
討論
平成14年 6月 定例会
総括質疑  合併協議会への補助金支出について
西口再開発について
一般質問
(再質問)
(再々質問)
都市計画、
緑の基本計画について

環境について
児童館の運営について
学校教育法施行令改正の内容について
障害児の就学指導に関する内容について
教育相談室の問題について
学力向上フロンティアスクールについて
討論 補正予算に反対
平成14年 3月 定例会
総括質疑 合併問題について
教育相談について
教育委員会の新規事業は何か
保育園の待機児童解消のために
一般質問
(再質問)
(再々質問)
障害者の就労支援
児童福祉問題
支援費制度
精神障害者の相談窓口
指導力不足教員
学校評議員
学校の自由選択制
出席停止
教育行政と市民とのパートナーシップ
教育改革を進める組織の体制
議案質疑 乳幼児医療費の増額について
平成13年12月 定例会
総括質疑
(再質問)
(再々質問)
ごみ減量対策推進事業について
請願紹介 ゆきとどいた教育をすすめ
30人学級を求める請願
質疑に対する答弁
一般質問
(再質問)
(再々質問)
緑の基本計画について
男女共同参画について
障害者の職業開拓事業について
生徒指導支援員制度について
討論 30人学級の実現を求める
政治倫理条例をめぐる質疑
平成13年 9月 定例会
総括質疑
(再質問)
(再々質問)
ゴミ減量について
第三次総合振興計画について
子どもを守る緊急対策について
一般質問
(再質問)
(再々質問)
野外音楽堂の建設の問題について
市民参加について
たばこ対策について
ゴミの減量問題について
総合的学習について
情報公開の問題について
討論 決算認定に賛成
上福岡市廃棄物の処理及び清掃に関する条例一部改定に賛成
介護保険の改善、充実をもとめる請願に賛成
テロ根絶を求める決議に賛成
平成13年 6月 定例会
総括質疑
(再質問)
上野台保育園の建て替え
給水塔の保全
秋桜の里プールの使用問題
あさひ銀行跡地買収
一般質問
(再質問)
(再々質問)
少子化対策、上野台保育園の建て替えに関する問題
公立学校の余裕教室を活用する考えがあるか
霞ヶ丘保育園開設時にはホルムアルデヒドの被害を解消

保育園運営内容
お泊り保育
児童館の運営
障害者通所施設
教科書採用問題
上福岡4丁目、武蔵野地区から第5小学校へ通う生徒児童の通学路の安全対策の徹底
討論 補正予算案に反対
未就学児への医療費の支給に賛成
平成13年 3月 定例会
総括質疑
(再質問)
当初予算並びに提出議案について
環境基本条例について
平和事業について
一般質問
(再質問)
(再々質問)
上福岡まちづくり人材登録制度レインボー・ダム・システムについて
公園の市民参加ということについて
少子化対策について
保育所の入所基準をめぐって
環境基本計画について
討論 環境基本条例に賛成
意見書提案 「えひめ丸」沈没事故の責任の追及を求める
平成13年 1月 臨時会
清掃センター基幹改修臨時議会
討論
平成12年12月 定例会
清掃センター問題審議 塩ビ製品の分別
バグフィルターを使えば本当にダイオキシンの発生はなくなるのか
総括質疑 障害者のプール利用
ワークショップでの公園つくり
一般質問
(再質問)
(再々質問)
中心市街地整備改善活性化法に基づく基本計画の作成
介護の問題について
上福岡市の特別養護老人ホーム
デイサービスを断られた
社会福祉協議会の位置づけがどうなっているのか
平和事業の中に給水塔、防爆壁保存
平成12年 9月 定例会
総括質疑 オンブズパーソン制度等の設立
障害者生活サポート事業

NPOの団体に対して行われる助成
NPOへの支援
一般質問
(再質問)
(再々質問)
合併問題
ゴミの減量

少子化対策
バリアフリー

ワンステップバスの導入
男女混合名簿の導入

総合的学習本格的に導入
第3次総合振興計画基本構想に反対する
平成12年 6月 定例会
一般質問
(再質問)
(再々質問)
パートナーシップ21プラン
障害者に対する介護加算
介護保険
自己情報の提供
学区審議会の問題について
平成12年 3月 定例会
議会会議規則の改正についての質疑
総括質疑 施政方針演説について
義務的参加から権利としての参加とは
一般質問
(再質問)
(再々質問)
合併問題
学区審議会の問題
4丁目の公園
ワークショップ方式による公園づくり

地域防災の問題
プラスチックの新しい分別収集

消費生活センターの問題
霞ヶ丘保育園でのホルムアルデヒド

有害化学物質の影響を避けるために
シックハウス症候群
介護保険条例修正案 議員提案 
討論 一般会計予算 修正案に賛成
会議規則改正について
会議規則改正に反対
平成11年12月 定例会
総括質疑 在宅介護支援センター条例
合併協議会の問題
一般質問
(再質問)
(再々質問)
ごみの減量の問題
生ゴミを堆肥化する

給食の問題
討論 介護支援センター条例に賛成
合併協議会設置に反対
平成11年11月 臨時会
上福岡特養ホーム 4億円債権放棄をめぐる臨時議会
調査特別委員会の設置に賛成
4億円放棄を問う住民投票条例案を議員提案 
討論 4億円債権の放棄に反対
平成11年 9月 定例会
総括質問 ごみの焼却場建設の計画変更
一般質問
(再質問)
(再々質問)
市民参加
上福岡市障害者長期行動計画の見直し
介護保険策定委員会の公開問題

上福岡市の附属機関、各種審議会の公開

たばこの問題
霞ヶ丘保育園の建材
平成11年 6月 定例会
一般質問
(再質問)
(再々質問)
一般廃棄物処理の広域化計画の進行状況について
公的介護保険準備の現段階について
非営利団体の育成について
障害者プランについて

議会記録(2003.6〜2004.9)

鈴木けいたろうの発言集

平成15年6月~16年9月

マークのあるところは具体的な施策となった(実現した)ものです。

総括質疑 東西連絡道路について
一般質問
(再質問)
(再々質問)
西口の再開発
公益的施設の中で保留床の問題
効率的な行政運営
小学校の扇風機問題
市役所の新しい駐車場建設
障害者福祉の長期行動計画
学校選択制について
討論 補正予算 東西連絡道路に反対
上野台団地建て替えを巡る日照権の確保を求める大原住民からの請願について賛成
提案議員
への質疑

討論
大原住民の個人情報流出に対する決議についての提案議員への質疑
大原住民の個人情報流出に対する決議について賛成
平成16年6月 定例会
総括質疑 大井町との合併問題
一般質問
(再質問)
(再々質問)
今後の駐車場の整備
給水塔が壊された後に
開発に要する工事車両の通行状況
西口開発の完成までの費用負担、財源、基金等財政計画
次世代育成支援行動計画
児童館の整備
学校施設内に児童館を移すべきかどうか
給食調理場の問題
学校改修について
学校図書館の整備
討論 任意合併協議会補正予算に賛成
議員提出
の意見書
を巡る質疑
有事関連法にそのものに反対する意見書について提案議員への質疑
平成16年3月 定例会
総括質疑 大井町との合併を提案した市長の真意をただす
一般質問
(再質問)
(再々質問)
市民参加の現状と課題
障害者の通所施設
上野台保育園の建て替え
木質化
西小学校の門
学校図書館の問題
給食の問題
討論 平成16年度一般会計予算(案)に反対する
第24号議案 上福岡市道路線の認定について反対する
平成15年12月 定例会
先議 議案第81号 上福岡市市職員の給与に関する条例の一部改正について
第93議案 富士見市・上福岡市・大井町・三芳町合併協議会の廃止に関する協議について
総括質疑 第90議案 上福岡市廃棄物減量等推進審議会条例の一部改定について
一般質問
(再質問)
(再々質問)
児童館指導員が全て臨時的任用職員でいいのか?
民間保育園の認可
上野台保育園の建替え
学校給食
心のノートをめぐって
小学生一年生問題
討論 第87号議案 上福岡市防犯推進条例案 反対討論
第90議案 上福岡市廃棄物減量等推進審議会条例の一部を改定すること 反対討論
議員提案 意見書への質疑(イラク派遣をめぐって)
平成15年9月定例会
総括質疑 第62号議案・一般会計の決算認定について
(みよしの里利用者に対する体罰問題、運営管理の改善など)
一般質問
(再質問)
(再々質問)
環境基本計画について
2市2町合併問題について
介護障害者の長期行動計画通所施設について
上野台保育園建て替え問題について(合築問題について)
児童館の運営について
学校教育について
討論 平成14年度決算認定に賛成
平成15年6月定例会
総括質疑 第50号議案及び第52号議案について
(住民投票条例、公職選挙法など)
一般質問
(再質問)
(再々質問)
上野台保育園の建て替え問題について
放課後児童対策(児童館)について
たばこ対策 健康増進法25条施行後の当市の対応状況は?
学校で全面喫煙をできないか?
学校図書の整備について
討論 第50号議案 上福岡市が富士見市、大井町及び三芳町と合併することの是非に関する住民投票条例に対する修正案に賛成
請願第2号 上野台保育園の公団住宅との合築による建て替え中止を求める請願に賛成
提出議案 議員提出議案 議第5号議案の提案 上野台保育園建て替えに対する決議について

やませみ目次(2000〜2004)

かわせみ目次(1999〜2005)



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2005
2005.Summer (PDF)
(指定管理者制度・合併問題・6月議会一般質問・他)
 

2005.Spring
 (合併問題・3月議会一般質問)
2005.Winter
 
(大井町との合併問題・新潟中越地震・12月議会一般質問)
2004
2004.Autumn
 
(東西連絡道路・大井町との合併問題・9月議会一般質問)
2004.Summer
 (合併問題・児童館・学校選択制)
 
2004.Spring
 
(合併問題・3月議会一般質問・学校改修)
2003
2003.Autumn
 
(2市2町合併協議会解散・9月議会一般質問)
2003.Summer
 (上野台保育園合築問題・合併住民投票・6月議会一般質問)
2003.spring
 
(合併住民投票・公共事業・3月議会一般質問=児童館施設、イラク戦争)他
2003.Winter
 (保育園待機児童、建替問題・少人数学級を・12月議会一般質問、他)
2002
2002.Autumn
 (上野台保育園合築問題・駐車場問題=子どもの遊び場を)
2002.Summer
 (2市2町合併協議会・6月議会一般質問・子どもの遊び場を=児童館)
2002.Spring
 (NPO支援事業・上福岡の教育改革・3月議会一般質問=教育、フロンティアスクール、合併問題)

 
2001
2001.Autumn
 (上福岡の教育改革=総合的学習、週5日制)・ 市政クイズ・9月議会一般質問=たばこ対策、会議の公開他

 
2001.July
 (上福岡環境シンポジウム・6月議会一般質問=開発計画のここが疑問)
2001.May
 (議員2年目の自己評価=けいたろうの公約は?・環境基本条例・3月議会一般質問)
市民じゃ~なる
 (合併協議会設置に反対する)
2000
2000.Autumn
 (第3次総合振興計画・9月議会一般質問=男女混合名簿、学区編成)
2000.Spring
 
(どうなる合併協議会・高齢化社会・啓太郎の相談コーナー・市政短報=会議の公開、公園、霞ヶ丘保育園建替後の環境調査、リサイクル

 
1999
1999.Autumn
 (特別養護老人ホーム4億円問題・大型広域ごみ処理プラン・2市2町合併問題・はじめての徹夜会議・給食センターでゴミの堆肥化)
NEWS 第7号
 (介護保険・けいたろうの主張)

資料目次(2003.2〜2005.9)

資料集
自2003.2~至2005.9

上福岡西口駅前再開発事業 平面図・配置図 2005.9
上福岡西口駅前再開発事業 完成予定図 2005.5
上福岡東口駅前広場暫定整備計画平面図 2005.3
平成15、16年度桜通線 用地買収状況 2004.12
上福岡駅東西を結ぶ連絡道路の構想図について 2
緊急地方道路整備工事について 2
2004.3
報告第13号 福祉・教育常任委員会審査報告書
・第54号議案 平成15年度上福岡市一般会計補正予算(第1号)案
・請願第 2号 上野台保育園の公団住宅との合築による建て替え中止を求める請願
2003.6
霞ヶ丘団地内移管公園計画案 2003.2
富士見市・上福岡市・大井町・三芳町合併協議会
 文教福祉小委員会 協議事項3
-各種福祉制度の取り扱い(案)-児童福祉事業関係
2003.2
上福岡駅東西を結ぶ連絡道路の構想図について 2003.2
緊急地方道路整備工事について 2003.2

鈴木啓太郎プロフィール

《 鈴木啓太郎プロフィール 》


1956年 福島県生まれ
明星学園に学ぶ【東京三鷹市】
1999年 上福岡市議会議員当選
2006年 ふじみ野市市議会議員【民主党市民クラブに所属】
2007年 埼玉県県議会選挙【西5区】に立候補するも落選
2008年 東京福祉大学【通信】社会福祉学部 入学
(卒業へ単位取得中)
現在 上福岡4丁目青少年指導員
精神保健福祉ボランティア「そよ風」代表
福岡中学校PTA会長
NPO上福岡障害者支援センター21事務局員

メールはこちらへ 

新潟日報 新聞記事

新潟県の被災地で
ボランティア活動を行いました。

※皆さんのご支援、ご協力ありがとうございました。


11/21 新潟日報(朝刊記事) 
    ~掲載の新聞記事~ 
記事はこちら

もらったお手紙  1    


11/8 新潟日報(インターネット版) 
    ~掲載の新聞記事~ 


小千谷で好評の炊き出し終了


 小千谷市城内4の住宅街で7日夜、中越地震の発生以降、地元の人に温かい食事を無料で提供し続けた??食堂?≠ェ閉店した。全国から集まったボランティアによる炊き出しで、住民からは「メニューが多彩だった」と大好評。同日は地元住民が感謝を込めた送別会を開き、「来年の片貝の花火で会おう」と復興と再会を誓った。
 炊き出しは、埼玉県上福岡市議の鈴木啓太郎さん(47)が呼び掛けた。鈴木さんは先月28日に小千谷入り。住宅への被害が少なかった同地区住民が交代で食事を作っていることを知り、「復興活動に集中してほしい」と炊き出しの交代を申し出た。以来、環境保護を訴えるNGOの学生など、延べ100人以上が参加。住宅の車庫を利用した調理場で、「大根とイカの煮物」「あさり汁」など、栄養バランスを考えた食事を1日3食提供した。

[新潟日報 11月08日(月)]
( 2004-11-08-11:14 )

新潟県中越地震 被災地レポート


けいたろうは
上福岡災害救援ボランティアとして
新潟県中越地震被災地で
活動を行いました。

~11日間の活動レポート~



11/9 新潟日報 新聞記事に掲載  
新潟日報はこちら


11/8 レポート 11 
 餃子戦争・・・。最後は餃子だ。1000個分の皮を買い、材料をきざみ皮で包む。ミウラ、リンタロら5人が焼き、ナル、モリが運んでアベが盛る。人々は並び、出来るそばから持っていく。
総勢19人で必死になって作り、最後の一枚がなくなったのは午後6時。一時間で200食完売。これで任務は完了した。
 辺りから近所の人たちが集まり始め、新潟銘酒の数々が狭しと並ぶ。みんな礼をいい、乾杯で私たちを労ってくれた。日本酒の香りとともに和やかなひとときが小千谷を包んだ。
 このメールを読んで御協力いただいた皆さん。11日間ありがとうございました。感謝申し上げます。8日 8時30分小千谷を出発、上福岡へ。

11/7 レポート 10
 地域の人たちとも話合って、私たちの炊き出しは本日で終了することにした。「小千谷の復興を心から願いつつ活動を終了します」と書いた看板を出す。小4の女の子から届いた手紙には、「暖かい料理が本当に嬉しかった」とある。
 通りを行く自転車から「ありがとう」と声がかかる。冥利に尽きる。
もちろん本格的な復興はこれからだ。
患者さんが全員避難した小千谷病院が明日からの再開というので9人が応援に行く。
水道局の手伝いもつづく。
 見上げると山がすっかり色づいている。10日あまりで景色が変わった。なごりおしいが明日は私もここを去る。今夜は町の人たちと別れの会がある。

11/6 レポート 9 
 K1のボブサップに、演歌、天皇の来訪と、小千谷の周辺は賑やかだ。刻々とニーズが変わり、支援の有り様も変わる。わが屋台に関西タコ焼き隊のいい匂いが漂うと、まわりから親子連れ、こどもたちがくる。電気のブレーカーが飛んでしまい、電気屋さんを呼んだりと人騒がせだが、ともかくウケている。みな長い列で辛抱強く待ってくれる。「頑張れ小千谷」と書いた幕も出された。
 ふと、裏手を見るとゴミの集積場で近所の人が何やら作業をしている。私たちのゴミもある。迂濶にも分別方を間違えていたらしい。私たちには何もいわずに、再分別の作業は続いていた。私たちも町の人に支えられていたのである。

11/5 レポート 8 
 今日の、朝食は50食ほどで盛期の半分に減った。
しかし、昼、夜はまだ120食以上が出る。
 余震の続く中、水道復旧、スーパー再開もあって日毎に生活の再建が進んだのだろう。通りを行き交う人も車も増えた。ここで見るかぎり人々の顔に疲労の色が消え、笑いさえ見掛ける。
高校生は登校を始め、小・中学校も8日に再開する。
 街の中心部で炊き出しを続けて来た私たちの役割も終わりのときが近づいているようだ。
 昨日の昼時、小さな女の子が絵を届けに来た。
いつもおいしいりょうりをありがとうと書かれていた。
慌ただしく名前も年も聞かなかったが、私たちの大切な宝になった。

11/4 レポート 7 
 再び震度5弱の余震。バイクが暴走したと思ったが、うねっていたのは道路だった。トンネル点検で30分足止めだ。弱い壁が崩れパラパラと落ちてくる。人々は外に出る。いき場のない憤りが辺りに満ちる。
 川口町でボランティアセンターを仕切るのは役場の企画課。
唾吐くな、殻捨てるな、ゴミ持ち帰れとのたまう。余計なお世話だ。
 同じく小千谷。登録受付に1時間も待たされる。
せめて今日一日働こうと願う人の怒号と吐息。
行政の下請だけがボランティアではないのにね。
 一方、こちらには水道局から直依頼、マキとアカが一日給水車に乗る。トモ遠方より来たりて、態勢は整う。感謝。

11/3 レポート 6
 震度7の川口町へ行く。壊れた家屋は小千谷より多い。
30日開設のボランティアセンターに沢山の人々、そしてテント村。
今日から給仕が開始。整理された調理場が羨ましい。
 バイク隊が到着。「物資運搬ですか?」と聞くとセンターのニュース配布だった。物資、炊きだし、避難所、風呂は自衛隊が仕切る。
介護と子遊びがボランティアの仕事。それでもいい。
地域を回れば浸透もする。行政の後手に仕事は残る。
 一方小千谷では。私の居る城内水道が復旧。「これからは自活できます」と礼をいう主婦。仲間の帰る挨拶を聞いて、「まだやめないよね!」と飛び込んでくる人。まだ帰れそうにない

11/2 レポート 5
 クリ、ナラゾウ、サイ、コウジに私の5人のみ5時に集合。
汁、お新香をコウジが挑戦。7時前から被災者が来る。
 またすぐに昼食準備にとりかかる。サイとコウジがポテトサラダ。ナラゾウがサツマ汁。サラダが無くなりポテトを追加した。
 60分休憩の後、すぐまた夕食準備に。給水が来てクリはひたすら洗う洗う。買物に走る。私の担当した肉じゃがが味付けに失敗。しかし、やり直す時間がない。でも、おいしくない。
コウジが関西系のノリで給仕してウケまくり、まずい肉じゃがも旨くなる。
最後は8時、女性が一人うつむいたまま。背中に「がんばって」と声をかける。
 1日15時間、みんな猛烈に働いた。テントへ帰り泥のように眠る。激しい雨が降る。

11/1 レポート 4
 今日も震度4の余震。暗い路地に皆起きてくる。
まだ落ち着くどころではない。
 テントに品物を集めに来た主婦は「ウチは仮設にいくんです」と下を向いて話した。各地から届くレトルトご飯、ガスカートリッジ、歯ブラシ等飛ぶように無くなった。
 屋台にも沢山の人が来る。最初50食がいま軽く100を越え、いつも追加を慌てて作る。飛び込んで来たガススタンド店の主婦は「ウチは飛び回っていてろくなもの食べてない、私たちにも分けて!」と訴える。最後は涙声だ。「何人?」と聞くと17人。いいですよ。オレ達はそのために来たのだからね。断れるワケがない。

10/31 レポート 3 
 電気が回復しても真っ暗だった街に、少しずつだが明かりが燈る。人々が家に帰り始めている。余震の心配が薄らいだのか、家の片付けに取り掛かっているようだ。それでも人が住めるのは一階の雪対策で太い鉄骨で組まれているガレージのみ。
 屋台前のおばあさんは夜は近所のテントで寝て朝、家に帰る。
朝、屋台に初めてやって来た主婦は、タカの作ったスクランブルエッグを見て「あれ以来タマゴを食べてないの!」と叫んだ。やはりガレージにシートを張って9人で暮らしているという。
 雨対策でマコトが屋台の補強をしてくれたので多少の雨も快適だ。

10/30  レポート 2
 長谷川市議の案内で、彼女が主宰する痴呆高齢者のグループホームほのぼの園を訪ねました。ホームは山間にあって、入所者は別のホームに避難しています。中に入ると被災前に配膳された食事がそのままで、床が盛り上がり家全体が歪んでおり現状では使えない様です。
 道は寸断されており、電気も無く物資も炊き出しも充分ではありません。それではと名乗り出ても、ボランティアは受けたくないらしく、自分達でやる。と親父達。
 食事作りの奥さん達は手助けが欲しいのに、と長谷川さん。
29日、朝:味噌汁  昼:韮玉汁、ハムサラダ  夜:水餃子、フルーツポンチ。私たちの屋台提供食は概ね好評です。

10/29  レポート 1
 小千谷市城内、長谷川市議の庭先で炊き出しサービスです。
魚沼病院そばに拠点を構えました。豚汁サービスを開始し、とりあえず鍋二杯分の供給をぶじおえたところです。被災者は余震が恐くて何も出来ないと言い、震災以来風呂も着替えもない人がほとんどです。家の外見より中がめちゃくちゃです。食材等はわりと抱負。
 高速は被災地まで無料、正規の許可証もすぐ出たため感動。
日用品は人気です。毛布、座布団、卓上ガス、ラップなど。

10/28  新潟県中越へ
 25日の臨時議会が終わりました。しばらく新潟にいきます。被災者が多すぎます。
 6:30分、小千谷ボランティアセンターへ到着。道路は所々陥没しているが、なんとかつながっています。倒壊家屋の様子を見ると結構大変そう。
 避難所は市内で100箇所を越えています。こちらでキャンプ地を探すところです。候補は多数、物資は抱負だが態勢が調わない感じです。のんびりやります。
 活動はすべて自費で行っているため、義援金にご協力いただける方はスペースブランチまで連絡いただけるとありがたいです。被災者の無事を祈るとともに、みなさんの応援をお願いします。ぜひご協力お願いします。 

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